FV(フューチャーヴィジョン)①
社名は、あの日に彼女と一緒に決めた。
未来が
それに確かにベンチャー企業っぽいだろうと。
そう、彼女には未来が
さすがは百発百中のデータサイエンティストである。
鳴海マヤが「必ず失敗する」と言ったからには、それはもう失敗するのだ。
彼女が「ただの凄腕のアナリスト」ではなく「魔法使い」なる存在なのだと言うことを、この5年の間に僕はすっかり忘れてしまっていたらしい。
そうだ。
データサイエンティストではなく、鳴海マヤは、データ“ウィザード”なのだ。
サッカークラブの買収、経営は、
2部リーグからの昇格を前提として組んでいた事業計画ではあったが、それが叶わず、思うように収益化できなかった。
高い移籍金と年俸を払って獲得した選手も、シーズン中に故障してしまい、期待したパフォーマンスの30%も発揮できなかった。
いや、内訳はどうでもいい。単に僕の「読み」が浅すぎたのだ。甘すぎたのだ。
社員の目には「社長の道楽に自分たちが稼いだ資金を使われた」と映ったことだろう。
これだけが理由で会社が傾くということはなかったが、マズかったのは我が社が株式会社で、上場していて、株主がたくさんいるということだ。
Qの成長も踊り場で、株価の悪化は避けられなかった。
「なぜ余計な事業に手を出したのか」
「既存事業の成長に力を入れるべきだったのでは?」
「経営者としての資質に疑問」
「社長の交代をしてはどうか」
株主や投資家たちは、こぞって僕を責め立てた。
ここへ来て僕はすっかり参ってしまった。
鳴海マヤ、彼女の言う通りにやってきた僕は、彼女抜きでは当然「社長」として振る舞うことなどできないのだから。
馬脚を現してしまった。化けの皮が剥がれてしまった。
魔法が解けてしまったのだ。
あの日、彼女に助けてもらうにあたり、僕は彼女と一つの約束をしていた。
それは「彼女の予言に逆らわない」こと。
これは彼女が他の会社と契約する時にも必ずその条項を記していたのだと言う。
約束を破れば契約も破棄すると、そういう話になっていた。
腹心である副社長からも「外部から社長を招聘すべき」という提言を受けた。
裏切りではない。彼なりに会社を思ってのことだ。
だがそれ故に、余計に胸に突き刺さった。
僕はすっかり気持ちが沈んでしまい、社長室に戻るとソファに深く腰掛けてANRデバイスを装着した。
社長の器じゃない。
そりゃそうだ。だって僕がやったんじゃないんだから。
僕がやったことと言えば……登記簿にサインしたことぐらいだろうか。
いや、さすがにもう少しは貢献しただろうが、重要な意志決定は全て彼女によるものだ。
僕はただ、最前列でエキサイティングな映画を見る観客に過ぎなかったのだ。
それで満足しておけば良かった。
今はまだリカバリー可能な損失だが、そう遠くないうちにズルズルと業績は悪化し、やがて資金も尽きることだろう。
普通の社長ならばこんな重圧も逆境も跳ね除けていたのだろうが、しかし僕だ。
身の丈に合わないものを望んでしまったようだ。
ここらで頑張って立て直せるような実力が、果たして僕にあるのだろうか。とか、ああこんなことを考えてしまっているのもまた情けない。
イール・マックス、スティーブン・ジェズス、ジョシュ・ベゾール、マルクス・ゼッケンベルク、ビム・ゲイル……かつて憧れた起業家たちなら、こんなくだらない落ち込み方なんてしなかったのだろう。
だが僕だ。しょせん僕なのだ。
身の丈に合わない欲を出してしまった。このANRの様に、夢の世界を楽しんでおけば良かった。
今から彼女に謝罪すれば、或いは受け入れてもらえるだろうか。
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