三連単

 初めて彼女と出会った次の日曜日、僕らは競馬場にいた。

「試してみましょうか?」彼女はあの夜そう言うと、日時と場所を指定してきたのだ。


「こんな場所に来たのは初めてだ」

「私もです」


 もし“彼女の言うこと”が本当だとして、僕なら入り浸ってしまいそうなものだが……


「アナタはどの馬が勝つと思いますか?」

「わからないが……1番人気の馬かな、やっぱり。ディープゴールドだ」

「なるほどなるほど」


 彼女はじっとパドックを見つめると、僕にペンと予想を記すマークカードを手渡した。


「1着を当てるだけだとマグレも有り得るので……3連単(1着〜3着までの馬を順番通り)を当ててみせましょうか」


 しばらく競走馬に目をやっていた彼女は、やがて言った。


「1着、2番ホワイトエール。2着、7番ディープゴールド。3着、6番シンカイテイオー……です。ついでに4着5着は12番ミホノサファイアと9番レコンギスタ」

「ホワイトエール……11番人気だぞ。前のレースも負けているし……ピークも過ぎている」

「大丈夫です。間違えないでちゃんとマークしてくださいね。全財産けてもいいですよ」

「馬鹿言うなよ……」


 そう返しつつも、淡い期待を込めて僕は1万円、彼女の言う番号にベットすることにした。




 20分後、その1万円は800万円に変わった。


「信じられん……」


 大穴。

 倍率が高いということは、それだけ「賭けた人間が少ない」ということだ。

 要するに「予想だにしない結果だった」ということだ。

 出走馬15頭のうち、3頭、いや正確には5頭、1位から順に彼女は当ててみせた。

 1だ。

 何パターンも買ったうちの1つが当たったのではない。「これだ」と、彼女はピシャリと言い当てたのだ。


「信じられないなら、もう1レースいきますか?」

「…………」




 そして帰り道、僕は1,000万円のお金を手にしていた。


「それ、ちゃんと申告してくださいね。税金取られますから」

「あ、ああ……」


 気の抜けた返事をして僕は、いやいやと首を横に振った。

 3レース連続で3連単を当てる。

 マグレでもないし、どんなに競馬に詳しい人間でもそうそう達成できることではない。

 どのレースものだ。


「つまり……君は………」


 馬鹿馬鹿しい。

 僕はそう思った。

 しかし「そう解釈せねば納得できない」のだ。今、目にしていることは。


「本当に…………って、こと……?」

「はい、そうです。百発百中なんです」


 彼女曰く、例えるならそれは海なのだと言う。

 情報の海に浸るような感覚なのだと。その波に揺られていると、水がどこにどう流れていくのか、全てわかってしまうらしい。


「突発的にわかるワケじゃないんです。この未来はどうなるんだろうなって、対象についてじっくり考えているとわかるんです。だから全く情報のない……例えばあそこの彼がこの先どうなるのかはわかりません。……あの人に強く興味を持てば、別ですが」


 彼女は喫煙所でタバコを吸っている男性に目線をやって言った。


「競馬みたいに過去のデータが出ているものならもっと簡単に結果もわかります。未来が近いので、も少ないです。めちゃスゴい統計……まぁ、そんなところでしょうか」


 どうやって百発百中で当てているんだ。


「アナタは先日、そう尋ねましたね。そしてふざけ半分でこう予想し、私は『はい』と答えました。もう一度言いますね。これは」


 まさか人生で、この歳にもなって、こんなにも真剣に、この言葉を聞くことになるとは思わなかった。


「これは魔法です」

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