決裂

 1年が過ぎ、会社は依然いぜん成長を続けていた。


 鳴海マヤからの啓示けいじは変わらず的確で、もはや彼女に答え合わせしてもらわなければ僕は何も決められない男になってしまっていた。


 いや、最初からそうだった。


 だが、そんな自分に嫌気いやけが差し始めていたのも事実だった。

 このままでいいのだろうか? 

 起業しようと決意したあの時、僕はこんな男になりたいと考えていただろうか。

 しかし反してそれと共に、自負もあった。

 会社を大きくしたという自負だ。

 彼女の助言ありきであるのは言うまでもないが、そろそろ補助輪を外してもいい頃だろう。最近はそんなことを考えるようにもなってきていた。


 Qのアップデートは、優秀な開発陣たちがユーザーの動向を追いながら行ってくれる。彼女が言う、データの集積からの演算えんざんだ。

 必ずしも彼女でなくても、できることはたくさんあるのだ。




「なぁ、サッカークラブを買うのはどう思う?」


 鳴海マヤとの打ち合わせの際、僕は彼女に問いかけた。


「それはまた……急ですね」

「いや聞いてくれ。事業計画も作ってみたんだ。イギリスのチームなんだが、ここは母体が鉄道会社で……」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 鳴海マヤは両手をヒラヒラさせて僕に「ストップストップ」と告げた。


「私が言うことは3つだけです。その事業計画は見るまでもなく穴だらけです。よってプランは必ず失敗します」


 鳴海マヤは「ふぅ」と息をいて、最後の1つを言った。


「もう二度と、勝手にこんなことは考えないでください」


「勝手にって……この会社は僕の会社じゃないか」

「あなたが作った会社です」


 暗に彼女は「あなたの物ではない」と刺す。


「社長、を忘れたんですか?」

「すまない……いや、覚えているさ。……だがどうしても自分の力でやってみたいんだ。資金はある。既存の事業も伸びているし、多少のチャレンジは問題ないじゃないか」

「チャレンジって……クラブの買収だなんて、タイミングがおかしいです。まずはQの業績を、社長の手腕で伸ばすところから始めれば良いじゃないですか」


 彼女の言うことはもっともだ。

 これまでの成果は僕の力によるものではない。

 彼女が言いたいのは、まずは軌道に乗っているサービスで「成果に実力を追いつかせてみせろ」ということなのである。

 しかしQは鳴海マヤの事業である。彼女抜きで新しい事業を生み出してみたい、それが僕の感情だ。



 話し合いはヒートアップし、やがて感情論になってしまった。

「これは良くない」と気付きながらも、僕の履き違えた“驕り”が、それに歯止めをかけさせなかった。

 一つ一つに反論していた彼女であったが、遂に深く溜め息を吐いた。


「……わかりました。そこまで言うのなら。ただし、約束を守ってもらえないのであれば私はFV社から手を引かせてもらいます」

「待ってくれ! ……いや……それは身勝手か……」


 打算。

 ほんの一瞬、とは言え彼女抜きでこの先やっていけるのか? という不安が過ぎる。


 彼女はバッグを手にすると、僕の作った資料に目をやって、もう一度視線を僕に戻した。

 そして立ち上がり、会釈をして部屋を出て行ってしまった。

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