絶対に当たるんです②
「こんなに高騰するなんて……」
あの電話から3ヶ月が経った。
彼女が言った通り、バンドー社の株価は連日ストップ高だった。
僕が買った時が800円前後で、今が20,000円ちょっとだから、元手の25倍近くに膨らんでいる。まだ勢いが止まる様子はない。
このままいけばバンドー社は、シンテンドウ社と並び日本を代表する玩具メーカーへと上り詰めることだろう。
チャートを眺める僕に、社員からメッセージが飛んできた。
「鳴海様がいらっしゃっています」
「ああ、応接室に案内して。僕もすぐ行くから」
「社長、今期の調子はいかがですか?」
「君のおかげで絶好調さ。もう何が本業かわからないよ。株の売却益だけで前年度比を大幅に超えそうなんだ」
「それは何より」
鳴海マヤは、部屋に入るなりソファに座って「ふふっ」と笑った。
この少女のような笑い方が、彼女を年齢不詳たらしめるのだ。だが僕にとって、彼女が果たして何歳かなどは今はどうでも良いことだった。
「本業が何かわからない……でも確かにそれは悩ましいですね。これは私の持論なんですけど、イケているベンチャーは3期目までの動きで決まると思っています。もう上場を見据えて、虚業ではなくて実業でお金を稼がないと」
「そうなんだよ。創業して1年半、資金は貯まったし人を雇えるようにもなった。でも、僕らは何者でもないんだ。社会貢献。企業はやっぱり社会に価値を還元していかなきゃ認められない……」
社会貢献。
そう社会貢献だ。起業家はそういう使命感を持っているものだろう。
僕がこれまでに世の中の役に経ったことと言えば……中学生の頃に地域の活動で街のゴミ拾いをしたとか、せいぜいそのくらいのことだったろう。そう言えばその時に道に迷っただか何だかで困っているお婆さんを助けたな。
まぁいずれにせよそんなもんだ。親愛なる隣人、スパイダーマン。
だが僕が目指すのはトニー・スターク。アイアンマンだ。
鳴海マヤは膝に手を置いたまま、じっと僕の顔を見つめていた。彼女はわかっているのだ。僕が彼女に何を期待しているのか。
「社長。今日、私が何をしに来たかおわかりですよね?」
「ああ、もちろん。僕も君と一緒にいるうちに、段々と未来がわかるようになってきた」
「あはは、それは過去の集積ですね」
彼女はバッグからタブレットを取り出すと、応接室に備えられているディスプレイと画面を繋げた。映し出された資料には、
—— 株式会社FV御中 新規事業のご提案
と書かれていた。
鳴海マヤは資料の「概要」「前提」というページを一言二言で説明しながら、話を進めていった。
「今から2年間で、ウェアラブルデバイスが飛躍的に進化を遂げます。SFの世界が現実になる、それくらいのパラダイム・シフトが起こります。そしてこれまでITの技術が介入していなかった市場……それにこの国が孕む社会課題……」
「……老人介護?」
そうです。彼女は頷いて、スライドを次のページへと進めた。
「2年後、高齢者との共生の“しかた”が全く変わります。これまでは少しでも長く生きてほしい、そんな「残される側」の願いがありましたが、昨今の世論や社会の実情を踏まえて、少しずつその風向きが変化していくんです。2年後です。AlfaBook社が開発したウェアラブルデバイスが社会に大きな革命をもたらすんです」
いわく、それは正にSF小説に登場するようなアイテムだそうだ。
バーチャルの世界で疑似体験ができる。
オンラインゲームのうたい文句ならば大体そんなものだが、AlfaBook社が作り出したVRデバイスの没入感は「そんなものではない」という。
映画「マトリックス」の様に、どちらが現実かわからない。
味覚も嗅覚も触覚も、痛覚でさえ“その世界と置き換えることができる”のだ。
VR、真の意味でVirtual Reality(仮想現実)だと言えるが、AlfaBook社は
「これは仮想現実でも拡張現実でもなく、紛れもないリアルだ」
と叫び、自身らが生み出した新製品を
「Alternative Reality(オルタナティブリアリティ、もう一つの現実)」― ANR(アンアール)
と定義した。
「もちろんそこまでのリアリティーがあると別の問題も発生するんですが、知覚の強弱はいじれるので……よりも重要なのは、誰がその市場を取るのか? ということです。過去、産業の発展はデバイスの進化と共にありました。蒸気機関車、テレビ、パソコン、スマートフォン……」
「次はそのANRってワケか」
真面目な顔をしていた鳴海マヤは、にこりと笑ってタブレットの画面を指で走らせた。
「AlfaBook社は現在、時価総額1兆ドルを超えるモンスター企業です。創業者ゼッケンベルク氏の保有資産は推定2,000億ドル、有力なグループ傘下も多数……デバイス、プラットフォーム、つまりハード面で彼らに追いつくのは現実的ではありませんね。ですがそこに乗っかるソフトなら、先行者利益が狙えるというワケです」
新しいデバイスやプラットフォーム、ハードの出現は、即ち市場の出現に等しいので、と彼女は続けた。
「で! 話は戻りますが、高齢者問題です。みんな口には出しませんが、もうこれ以上は面倒見れないよ、っていう空気が蔓延していくんです。でも当然そんなことは言えませんよね。だから角度を変えたアプローチに注目が集まるんです」
そこまで聞いて僕も、彼女が何と言おうとしているのか把握することができた。
「そ、それって……」
「余生をAlternative Realityの中で過ごしてもらうんです。姿も環境も、お望みのままに」
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