桜田優編 #015

 優はポケットからイヤホンを取りだし、耳に装着する。カナル型のイヤホンは、シリコンのゴムで覆われていて、耳栓のような構造になっている。周囲の音をすべて遮断し、イヤホンから流れてくる音の世界に没頭することができる。

 宗介のいる場所と距離が近いというのもあるだろうが、まるでそばに座っているときのような臨場感があった。宗介の行動はいつも判で押したように正確なルーティンがある。自宅に帰ってきてから、食事をし、シャワーを浴びるまで、いつも同じ流れで、同じ時間をかけて正確に実行する。まるで、その行動をプログラミングされたロボットのように。優はその音を聞いているだけで、宗介の姿をまざまざと脳内に再現することができる。それは至福の時間だった。

 宗介はパソコンで何かをするとき、必ずヘッドフォンをしているから、パソコンで彼が何をしているのか、具体的にはわからない。それは一緒に住んでいるときからそうだったし、こうやって盗聴器越しに相手の生活を盗み聞きしているような状況ならなおさらだ。だが、そんなことはどうでもよかった。優は、宗介自身が聴きたいのだ。宗介自身を感じていたいのが優の欲求で、彼の関心が何に向いているのかは、どうでもよかった。

 今日はなんだか様子がおかしい。そういえば、帰宅する時間もいつもより少し早い。夕食を食べず、パソコンも起動していないようだ。服を着替える音と、遠くのほうでシャワーを浴びる音は聞こえたが、それ以降、何もしていないようだ。

 優は疑問に思い、耳をすませた。たまに遠くで電車が通ったり、公園の脇をバイクが通り抜けたりしているが、そういう騒音が本当に煩わしかった。さらに耳を澄ましていると、スマホの着信音が鳴るのが聞こえた。一瞬、自分のスマホに着信があるのかと思ったが、それは盗聴器越しに聞こえる、宗介のスマホの着信音だった。『エデン』の通話機能を使った着信なので、音はみんな同じだ。

 ベッドで寝ていた宗介がはね起きる音が聞こえた。宗介はスマホを取ると、すぐに部屋の隅の方に行ってしまった。宗介がくぐもった声で何か話しているのが聞こえる。誰と話しているのだろうか。

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