桜田優編 #014

 少なくとも、こうして日々、宗介の部屋のなかの様子がレポートされてくるのだから、まだバレてはいないということなのだろう。これが壊れたり、取り外されない限り、宗介とは永遠に、繋がっていられる。そこに、宗介の存在を感じることができる。

 しばらく画面を見つめていたが、特に変化はないので、『エデン』の画面を切り替え、お気に入りのチャンネル動画を見ることにした。特に面白い動画ではないが、毎日退屈なので、なんとなく見てしまう。

 いや、その動画を見るという行為自体が、もはや自分の日常の一部なのだろう。面白い、面白くない、はあまり関係がない。見ないと落ち着かない、それが正解に近い。宗介の部屋に盗聴器を仕掛けたことは、一般的な感覚からいえば異常だし、行動からいえば犯罪だ。しかし、そういったことを差し置いても、優はいつだって宗介の存在をそばに感じていたくて、その欲望は、たとえそれが発覚するリスクがあったとしても、抗い難い自分の強力な欲求だった。

 気付けば時間はもう十時に近づいていた。優はスマホをポケットに仕舞い、席を立った。隣に置いてあるトランクを手に取り、階段を降りた。

 トランクをガラガラと引き、目的のインターネット・カフェに向かう。店の入り口に人だかりができていたので、なんだか嫌な予感がした。外からはよくわからないが、どうも今日は客が多いようだ。

 人を掻き分ける気にはなれなかったが、意を決して店の中へと入る。案の定、今日は満席だと店員は言った。列を作っている客は、中国語を話していたから、中国人なのだろうか。

 どうしようか、と優は店の外に立ってしばらく考えた。他のネカフェに行くこともできるが、いまから移動するのは億劫だった。しかし、だからといってここで突っ立っているわけにもいかない。優はトランクを引いて、歩き出した。

 駅前の繁華街をすぎると、すぐに閑散とした住宅街に出た。このコントラストの強さが、いかにも東京だな、とつくづく思う。東京は確かに人が多いが、すべての場所にまんべんなく人口が分布しているわけではなく、局所的に人が固まっている場所がいくつもあるのだ。その人が固まっている場所が、地方と比べると多いというだけで、都内でも誰も人がいない場所というのは意外にたくさんある。

 現に、いま、視界にはもう誰もいない。薄暗い住宅街の青白い灯に引き寄せられて、暗い公園に出た。優は行き場がなくなって、電灯の下のベンチに腰掛けた。

 住宅街の隙間に高架があり、その下の隙間を、白光りする電車が都会的な音を立てて通り過ぎていった。優は思考停止していた。冷静に考えればまだ十時を少し回ったぐらいで、探し回れば今夜のまともな寝床ぐらいは見つかるはず見つかるはずだが、いま引っ張り回しているこのトランクを持ち歩くのがどうにも億劫で、立ち上がる気になれなかった。

 このトランクの中身が、正真正銘、優の全財産だ。服も、化粧品も、身の回りのこまごまとしたものも、すべてこのトランクに詰まっている。宗介の家から無事に服を取り戻せたのは幸運だった。あれが回収できていなかったら、いまごろ着る服にも困っていたに違いない。

 スマホを取り出して起動すると、『エデン』のメッセージアイコンが点滅しているのがわかった。新しいメッセージが入ったのだ。このアカウントは誰にも教えていないのだから、答えはひとつしかない。

 優はメッセージを確認した。やはり宗介の部屋に仕掛けた盗聴器からのメッセージで、彼が帰宅した、ということを伝えていた。

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