28.穴のあいた恋
嫌いだった。全部全部、この世界に存在するもの全てが、大嫌いだった。だから愛とか喜びとか、楽しみとか嬉しさとか、正の感情は私の中になかった。いつだって私を突き動かしていたのは負の感情。心にあいてしまったその穴はどうしたって埋まることはない。けれど不思議なもので、どうにかして別の何かを代わりにはめ込もうとしてしまう。
私は恋も知らない。誰かを好きだと言えるその神経がわからなかった。誰かのために自分を犠牲にするその意味が理解できなかった。知りたい、そう思ってしまったのは、心の穴を埋めようとする本能なのかもしれない。
教室の隅、誰からの注目も浴びず、その場に在ることすら気付かれないような、影の薄い彼に目をつけた。きっと彼なら、どこか隙間風の入ってくるこの心のことをわかってくれるだろう。そう思ったから。
部活のない生徒が帰りきった放課後、彼はまだその席でうたた寝しているようだった。ねえ、と声かけても起きない。私にあなたという穴の形を教えて欲しいのに、起きてくれないと困る。
私はその寝顔に顔を近づける。本当に生きているのか、呼吸すらしていないのではないか。そんな風に思ってしまう、彼の美しい顔。微かに聞こえる寝息に混じって、私は彼に口づける。ゆっくり離れていく彼の顔には、驚きの色が浮かんでいた。目を見開いて私を見つめている。
「……え、っと」
「ふふ、おはよ」
そのまま彼に再びキスする。
「私ね、あなたのこと好きよ」
思ってもないのに口をついて出たのは愛の言葉。
彼と私の接点から生まれたのは、恋とは似ても似つかない何か。どうせ心の穴にぴったりはまってくれるようなものじゃない。私を満たしてくれるようなものじゃない。これからだって、私たちがプラスになることはあり得ない。
お題「隙間」
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