16.水になる

 水になりたい。

 いつか君が言った言葉。今でも僕はその意味を理解できないけれど、それでも何となく、君の言いたいことはわかった気がする。気がするってだけだけど。

 クラスに馴染めなかった君は、誰も使っていない技術室や多目的室、トイレなんかにまで逃げ込むようになった。そんな場所でひとりきりになってお弁当を食べていたんだよね。僕はそれに気付いていて、手を貸すことをしなかった。助けようともしなかった。これはたぶん、いや絶対に、罪深いことだと今では自覚している。けど僕だって怖かったんだ。君を助けたら――ってね。

 単純に君には居場所がなかった。教室のど真ん中にいようが、端っこにいようが、君はきっと充満するその空気感と視線とに押しつぶされてしまっていたんだろう。それだけじゃない。手を差し伸べた人に君は辛く当たった。知っているよ、僕は。

「ねえ、一緒にご飯食べようよ」

 その言葉が君をどれだけ苦しめただろう。「一緒に」だなんて。君は伝染するのを恐れていた。一人でいたいと強く願った。それなのに、誰かの温もりを欲しがった。自分が状況に応じて動ける人間だったら、なんてずっとそう思っていたんだよね。

 だから水になりたいと願った。

 どんな役でも演じられる。どんな風にだって接することができる。誰かに必要とされていて、誰かの成長のためになれる。そんな人になりたいと願ったんだろうね。

 君が花になってしまって、それから僕はやっとそれに気付いた。君の役になってみて、やっとわかったんだ。ごめんね。きっともうすぐ、君に会いに行くよ。僕と一緒に水になろう。



お題「水の」

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