14.染まる

 光など何もない中、ジャブジャブと水の音が弾ける。飛んできた液体が腕について、それでも気にせずに自身の手を洗い続ける。一向に綺麗になりそうもないそれを、丁寧に、念入りに擦り合わせ続ける。

 どうして元あった色彩が帰ってこないのか、わかっていた。どうして汚れていくばかりなのか、理解していた。それでも知らないフリをして、ハンドソープと水でその意味のない行為を続ける。

 不意に、顔にピシャリと水がかかった。顔を上げてみれば、そこにはライトアップされたような鏡があって、私の顔が映っている。洗い始めたその頃よりいくらか老け込んで、やつれているように見える。

 ――赤だ。手元から飛んできた、あの飛沫は赤だった。右の頬に残るその雫は、誰かの血液のように、真紅の影を落としていた。

 徐々に辺りが明るくなっていく。光が注がれる。蛇口から出ている水から手を出し、見つめる。手首まで真っ赤だ。色は染み込んでいて、きっともう二度とあの昔の色は見られない。白くて赤くて青い、あの肌を取り戻せない。

 流れ続ける赤を止めるために蛇口を捻ることもできない。手を拭くためのタオルを出すことも、もう一度手を洗い始めることも、できそうにない。全てを洗い流しているつもりが、反対に、赤に染まっていたなんて、考えたくもなかった。


お題「裏腹」

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