10.瞳に沈む

 金魚鉢に沈む花。それに何やら粉を振っているその少女は、何をしているときよりも楽しそうに微笑む。嬉しいことや楽しかったこと、逆に辛かったこと苦しいこと、いろんなことをその鉢に話しているのは、もはや日常と化していた。

「ねえ、きみ。その花は何という名なんだい」

 僕は聞いた。何気なしに。

 かれこれ十年近くふたりで住んでいるのに、僕はそれについてほとんど知らない。彼女がそれを連れて帰ってきたのは、いつだったろうか。けれど最近じゃない、数年前なのは確かだ。あのとき僕は仕事が波に乗ってきて、彼女に全く注意を向けていなかった。

「この紫の花はマザ、こっちの緑のがダド。あたしが育ててるの」

 振り向いた彼女が見せたのは、数年をともにした僕でも初めて見るような、怖いくらいの笑みだった。

「……どうしてそんな名前をつけたんだい」

「そんな、だなんて言わないで。運命を感じたからそう名付けたの。くだらないなんて言わないで」

 彼女には確かに変化があった。幼少の頃に僕が引き取って、あの頃は笑うという言葉すら知らないかわいそうな少女だった。彼女に感情などなかった。僕はあのとき、それはきっと両親を亡くしたからだろうと考えていた。けれど、本当のところはどうなのだろう。

 確か、両親の死因は、少し離れた湖で――。

「ね、かわいいでしょ。叔父さん」

 彼女は笑っていた。瞳の奥のみを除いて。

「あぁ。お前もその子たちも、素敵だよ」


お題「水中花」

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