9.竜と少年

「お前を連れてきたのはいつだったか、覚えているか?」

 僕が彼の大きな背中にもたれかかって、うたた寝をしようとしていたところに彼はそう言った。ふと右を向いて彼の顔を確認すると、少し悲しそうなどこか痛そうな、微妙な表情で目を閉じていた。

「うーん、あまり覚えてないや。だって僕が幼かった頃だもんね」

「そうだな。お前はこのくらい、だったか?」

 彼の大きなかぎ爪が僕の前に出てきて、鋭利なそれで大きさを示す。

「そんなに小さかった? あなたが思うよりも、人間って意外と大きいものだよ?」

「ははは、冗談だ」

 僕が立ち上がると、彼はくるりと宙を回って人間に似た姿に変わった。とは言え、まだ竜のようなパーツは所々に見当たる。彼が年老いていくにつれて、完全な人間体への転換は厳しくなったのだという。

 彼は乾いた咳をしてから、僕に微笑みかけた。何とも言えない、苦しそうな顔で。

「私があの村に言ったのは、若く愛らしい女、だったのだが」

「仕方ないよ。あのとき僕は十歳の儀式で正装を着ていたんだもの、誰だって間違える」

 というのも、あの村では十歳を迎える儀式として、女性用の着物を着て神に祈るというしきたりがあった。そうして酒を飲んで――十歳にも飲めるような酒とも言えない、ジュースのようなものだけど――そうして正式に村の人と認められるのだ。今思えば、何のための儀式か良くわからないが。

 村の人になる以前の、さらに女性の着物を着ていた僕を見て、慌てた村人が僕を彼に渡そうとするのも無理はなかった。

「まだ、まだ昨日のことのように覚えているというのに」

「そんなこと言わないで、僕はずっと一緒にいるから」

 少しの静寂。まるで世界が一瞬で終わったみたいな、唐突に真空に放り出されたみたいな。

「――お前は、帰りたいのか?」

 彼の声は震えていた。俯いた彼の瞳を覗くことはできない。彼の欲している言葉を向けてやりたいなんて思うが、答えはもう、ずっと昔から決まっていた。

「僕は、絶対にあなたから離れたりしないよ。いつまでも」

「……ありがとう」

 彼の頬に手を伸ばす。人間のような温かさはない。けれど、もっと深く、人間よりも人間らしいところを、今までの生活で、僕は知ってしまった。彼はただおそれられ、遠ざけられるだけのものであってはならないのだ。だから僕だけでも――。


お題「神隠し」

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