8.花のような女

 その女は、戦に塗れたこの江戸の町を華やかにしてくれた。男のように強い口調であり、力も強いという噂だ。しかしいつでも赤い派手な振り袖を着た、不思議だが上品で高貴な女であった。

 その女は、可憐な花のように美しかった。誰もがその美に陶酔するような女だった。それでも、誰かにその容姿を褒められたとて、彼女は調子に乗ったこともなければ、それをひけらかすこともなかった。

 その女は、酒の席に出てきては、相席した男が酔い潰れるまで飲んでいた。どれほどの飲んだくれでも彼女に勝てたことはなかった。ただ潰れた男を見て微笑みかけ、「また次も頼むよ」とこっそり囁くのみだった。

 その女は、どこに住んでいるのか、誰にも教えることはなかった。満足するまで酒屋で楽しんだ後には、さっさと山に続く森の方へと歩いて行ってしまうのである。いつだったか、町の男たちがあとをけたことがあったが、良い香りをさせたはずの彼女は、その香りさえも消し去ってそのままいなくなってしまうのだった。

 その女は、誘惑が得意だ。気に入った男に目配せしては連れて行く。山の奥へ消えたまま、彼女のみが次の夜に何事もなかったかのように現れるのだ。その男のことは、忘れてしまったかのように。

 ――あの日、彼女はいなくなった。それは、町の者が気に入ったと言って、近頃外国から仕入れた花を町の周りに植えた後、だっただろうか。季節が来ると花の香りがふわあっと町中に広がる。しかしいつになっても女は帰ってこなかった。町の男たちがその香りを感じて少し胸を高鳴らせても、彼女が来ることは二度となかった。

 というのも、その花は、あの女と同じ香りがしたのだ――。


お題「金木犀」

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