22.悪夢から覚めると

 ✝ ✝ ✝


 目を覚ませばそこは慣れた寝台の上だった。

「またあの夢――何が自由なものですか」

 ネグリジェは冷や汗で湿っていた。

「わたくしは最高の暮らしをしているじゃない。こんなことに悩まされる心配はない。あの子の目どこかでみたような……」

 夫人がカーテンを開ければ、日光がさんさんと降り注いできた。

「もう朝なの」

 夫人が朝の光を浴びていると、コンコンとノックの音がした。

「朝食の時間です。すぐに持ってまいります」

 きっとジョンは仕度を整えて待っている。

「いいえ。下に降ります。少々お待ちなさい」

 着替えを済ませ、食堂に入った時、夫人は足を止めた。

「お待たせ致しました」

 同じなのだ。ジョンの瞳と夢に出てきた彼女の息子の瞳と確かに。その瞳は誰も移していない虚空をさまよう視線は――

「あなたはジョーンなの?」

 彼はがらりと口調を変えた。軽蔑していることが容易に分かる声だった。

「やっとか。遅かったな」

 愕然と口元を押さえる夫人に対して、ジョンは嘲りの笑みを刷いた。

「婦人に報告しなければならないことがあります」

 まだ敬語で話す気なのかと怪訝な顔をした。

「白々しい。形だけの敬語など、聞いていて不愉快ですわ。いつから気づいていたのです?」

「会ったときから。盛大な顔の怪我と髪の分け目を変えただけで分からないとは」

 ジョンは手短に高位の貴族を抹殺していく計画があること、危険かも知れないということを話した。夫人の表情は曇っていき、指先には震えがみられる。

「あなたがいる限り、わたくしは安全だと思ってよろしいのですね?」

「保証しかねる。この屋敷に一人きりで何をどのようにして守れと」

「そんな」

 不安がる雇い主に、慇懃無礼な敬語で応じてやる。

「何に怯えているのか分かりませんが、私は隠すことも出来る。あなたは此処だと教えることも出来ます」

 伯爵夫人は顔を歪め、ジョンを睨んだ。

「何が目的でわたくしに近づいたのです?」

「とりあえずは忠告のためと申し上げましょう」

 彼は食器を床に落とした。陶器が割れて、赤い絨毯の上に破片が乗る。その割れた破片を拾い上げ、夫人の喉元に充てる。

「アイツはあんたを殺しにくるぜ。必ず」

 ジョンは軽く破片を押し当てて、下に引いた。ピンクの線が残るが、出血には至らないほどのものだ。彼は首を落とすということではなくて脅しの目的で破片を使ったようだ。実際効果は抜群のようで夫人は耳をふさいでしまった。

「もう、聞きたくありません。もう何も」

 震える声で何度も拒絶の言葉を口にする。夫人はジョンをすり抜けて部屋を出た。

「全く。俺が敬語でなくても動揺してる。俺達が貴族サマにわかるような計画ミスするものか。脅迫を真に受けるとは滑稽だな……ん?」

 彼の足もとに髪紐が落ちていた。夫人がいつも髪をくくる際に使用しているものだろう。夫人の様子に触発されて、過去を振り返る。

「俺だって悪夢くらい見るさ」

 怖かった夢など数えきれない。だから彼は数えることを止めたのだ。ふと脳裏に浮かんだのはある弟のことだ。弟が似たようなことをしていると知った時からなにかと気にかけていた。しかし妹のことを考えると俺に頼ることは躊躇われたのだろう。手紙くらいのやり取りは何度かした。しかし結局、信頼を得ることはなかった。

 独白は露と消えたが、レオナへの想いは熱く残る。

「暗殺の道に来てくれるなんて嬉しいぜ。お前の憎しみは確実に深くなっているからな」

 優越を感じさせる笑いは闇に消えていった。

 

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