憎しみの原点
31.主役の正体
カナとレオナの背後から艶のない怒鳴り声が響いた。
「お、来た来た。主役のご登場だ」
そこに立っていたのは豪奢に着飾った婦人だった。目元、首の皺などの肌の状態を見る限り四十代後半から五十半ばといったところだろうか。
「わたくしにこの場所に来るようにとは何か面白いことをしてくれるのでしょうね」
「ああ。汚い場所だからこそ、あんたにふさわしいだろうよ」
夫人は汚いという言葉に反応したようだが、レオナを見た瞬間に目が変わった。視てはいけないものを見た様な、認めたくないかのような目をした。
「その子が……」
「そう。あんたが生んだ罪深い三兄妹だぜ。レオはいないんで兄妹だな。何もしてくれなかった親には当然の末路が待っている」
夫人は顔面蒼白になり、饒舌に話し始めた。レオナに向かって。
「そのことは過去ですわ。わたくしだってしたくて捨てたわけではないのですよ。夫から逃れる為には……」
「初めに罪を犯した父親は死んだ。あんたに殺されたんだろ。暴力しか与えられない生活に耐えかねて」
「あたり前でしょう。あんな生活はもう出来なかった。闇市場に出向きましたわ。高額で売っていたトリカブトで死んでもらったのです」
闇市とは表だって取引したら捕まってしまうものを売っている場所だ。
人体に影響のある麻薬や殺人の器具などが主であるが、
時たま人身売買も行われている。
レオナは下級地区にいた時代に不審な死を徹底的に調べたことがある。
身分が高くてごまかしようのない気品を持ち合わせているような夫人が、
闇市場をうろうろしていたなんてにわかには信じられない。
カナは口をはさむ。
「確か、レオナの父親は病でって」
「見せかけて行うしかなかったのです。華やかな生活を捨てて、汚い牢屋に放り込まれるのは嫌ですもの」
「レオは俺が殺した。あんたは俺が殺す。そして俺はレオナに殺される。生き残るのはレオナ一人で十分だ」
彼女はぼんやりと口を動かして、レオナに向かって語りかける。
「わたくしにそっくりの、孤独な目をしている。不幸だわ。わたくしの娘なんかに生まれるなんて。ついてないわよね」
語られる言葉はレオナを聞きたいような、聞きたくないような曖昧な気分にさせる。
「いいわ。あなたが殺したいのならそれで」
ジョンはそうかとだけ言い、懐から小瓶を取り出し母親に近づいて行く。
レオナは耐えきれずに問いかけた。
「待ってよ。私は親に会いたかった。ずっとどんな人なのか知りたかった!」
夫人の声は軽蔑したようで少し違う色も含んでいた。
怯えているような泣きたいような声。
「馬鹿な子ね。少なくとも母親はあなたの思っているような女ではないのですよ」
慈愛など微塵も感じられない。
ただ淡々と話す母親にジョンは小瓶を渡す。
「飲め。一瞬であの世に逝ける。お前が殺した時と同じ薬だ」
「そうですの。さよなら。穢れた世。ウフフフ!
穢れた娘。穢れた殺し屋たちよ!」
錯乱しながらも、彼女は一気に飲み干した。
「いや! 死なないでママ!」
やっとレオナは叫んだ。その願いもむなしく母親は崩れおれ、絶命した。
レオナにとって母親は平和の象徴。
ジョンやレオにとっては恨むべき対象。
どちらも深い思いが合った。けれど母親はこんなに簡単に死んでしまった。
「ハハ。やっと死んでくれた。レオナ、お前は俺を恨むだろうが、これはレオの願いでもあったんだぜ。それを忘れんな」
「レオ兄の願い……」
「そしてこれから俺は自由に殺すぜ。いくつ村を壊滅させようかな」
復讐は果たされた。復讐に生きた人はやるせない怒りを何処にぶつけたらよいのか分からなくなってしまう。ジョンもその一人のようだ。
ジョンはそう言い残した後に去っていった。
「まってよ! そんなことしたら」
「……レオナ、行こう。長老のところへ」
カナはその場で茫然とへたり込むレオナにそう問いかけることしか出来なかった。
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