32.長老たちの判断


 ✝ ✝ ✝


「今回のことは不問に処そう。だが今度暴走することがあるならば処罰じゃ」

 長老は渋い顔をして言った。

「そんな。ジョンとレオナに関わりは」

 

 カナが抗議の声をあげるも強い視線で制される。

「その件ではない。マリ公爵夫人は貴族の中でも信頼されている。

 我ら下の地域が死因に関わっているのだと知ったら

 どんな制裁を受けるかわからんのじゃ」


「公爵夫人を抹殺したのは私達ではなくジョンですわ」


「同じ事じゃ。その男とそなたは同門なのであろう。

 何よりも年は離れているがレオナの兄ときておる」


「だからなんだというのです!」


「世間は許さぬということじゃ。レオナよ、そなたはジョンを抹殺せよ。

 3日以内じゃ。それが出来ぬならそなたに死んでもらう」

 抜け殻の様に力なく立つレオナを視線を送ったのちにカナは言う。

「この子に今以上の苦痛を与えるおつもりですか? 

 私が行っても同じことでしょう」


 それを聞いた幹部たちは一斉に反対意見を口にする。


「身内の始末は身内で行え。レオナは血が繋がってるのだろう」

「そうだ。同門などよりも兄妹の方が世間は納得するというものだ」

 口々に似たようなことを言っている中で冷静な声が響いた。

「解りました」

「……レ、レオナ?」

「ジョン・ブラットの始末。確かに請け負いました」

 彼女はスタスタと退出してしまった。カナは驚きつつ彼女の後を追った。


 ✝ ✝ ✝

 私が返答してから2日後、中級地区に属するある村で火災が発生した。

 そこは林業によって利益を得ている場所だった。

 木を加工して生活調度品を作っている。

 木の種類によっては自然発火する種もあるが、

 この地域は火災の原因になるような種類は意図的に排除していた。

 かといって木を切り倒しているだけではない。


 この村では伝統的に「作り出した製品の数だけ新たな命を植えなければならない」という教えがある。

 住民たちはその教えに従って何十年も生活してきた。

 その伝統をジョンは破壊したのだ。

 火は風の影響もあってどんどん広がっていく。

 鎮火されたとき森の半分が焼失したそうだ。


 きっと今年の村の利益はほとんどないだろう。

 いや、事詩の冬乗り切れるかどうかもわからない。

 火災に驚き、様子を見にきた村人はあるものを聞いた。


 森の奥から狂った哄笑が響いてきたというのだ。

「ハッハハ。気分は最高! 人間なんてすべて滅びてしまえ! 逃げ惑って苦しめ! この次はロサンの町だ」


 ジョンは狂気に取りつかれて犯罪に走っていた。私はついてこようとするカナを何とか振り切って次の町へと向かった。


 ✝ ✝ ✝

 ロサンの街とは前の村と同じく中級地区に属している。

 交通の要所としても有名だ。

 通る旅人が商品を求めるので、露店がそこかしこに点在している。


「ロサンって静かで平和な町だわ」

 子供達は明るさを引きたて、これからも平和で居るのであろう町だ。

「ク、ククク。ホントにきてくれるとは嬉しいぜ」

「……ジョン――にぃ」

 レオナが初めて兄と呼んだ。この重要性を男は気づいたのだろうか。

 彼はただ笑っているだけだった。

 母親に向けた様な嘲りが入った笑みでもなければ、

 楽しいから笑っているわけでもないようだ。

 目的がないから適当に笑っているように見える。


「何がおかしいの? レオ兄が殺されて良かったなんてことないんだから」

 レオナはそう言って小瓶を前に翳した。

「これで死んで頂戴」

 それは母親が夫を殺した薬であり、母をも死に至らしめた薬。


 ――トリカブトだった。


「お前は憎しみに染まった眼で生きろ。それを見届けたら死ぬさ」


 レオナはこんな時だというのに、レオと重ねてしまった。


 良いという代わりに条件を出すところや、自分を犠牲にしつつ妹の幸せを願うところ。たまに妹を悲しそうに見ること。

 馬鹿馬鹿しい幻想を振り払ってレオナは湿った声を出す。

「意味が分かんない! 俺はレオナに殺させるって言っていたじゃない」


「気が変わったんだ。お前は元々が白だった。世界の黒を知って落ちて堕ちて。それが過ぎればまた白に戻る。それを見てから死にたい」

「私は絶対分かんないわ」

「解るさ。俺の望むストーリーは俺がこの町を壊した後に毒を煽る」

「それは弱い者の緩慢な自殺だよ! 周りの人を巻き込まないで」

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