4.住居を変える手段

 レオは自室にしまってある紙一枚を片手にレオナの前に戻った。

「……引っ越すために土地を買ったんだ」


 手にした権利書を示したが、レオナは喜ぶどころかは表情は曇ってしまった。

 レオは辛抱強く呼びかけた。


「もう下級地区にいる意味はない。

 この猫飼われてるんじゃないか?


 とってもいい毛並みをしている。

 新しく飼うなら以前と同じ暮らしをさせてやりたいだろう」



「それはそうだけど。親だって、兄さんだってここで待っていてほしいと思うよ。

 だって血縁者だもの。いつか、会いに来てくれるかも知れないじゃない」


 その主張は詭弁だとレオナにだって分かっているはずだった。


「そんなこと言えるか?あいつらは金だけ持って」


「言わなくても分かってる。でも姿だけでもみてみたい。大丈夫、待てるよ」


 見る者に《天使の微笑み》という言葉を連想させるほどに

 レオナは綺麗な笑顔を浮かべた。


「辛気臭い話は終わりね。この子飼うから。名前決めないとね」


 彼は納得いかない徒労感に襲われつつも、これでもいいかと思ってしまう。


「仕方ない――ん?」


 コツン、コツンと音がした。


「なんだ?この音。外からか?」


 コツ。と鳴り止んだ。


 レオが腰を上げた時にドアが開き、腰の曲がった老婆の姿が現れた。

 白髪と手や顔の皺の具合から七十歳前後だと推定できる。


「失礼するよ。天使と名高いお嬢さんを、私に売ってくれないかい?」


 あまりにしゃがれた声で、聞き取ることに難儀する。

 聞き取りずらいのは老婆の歯が三カ所欠けているからだ。

 顔をしかめる兄妹に構うことなく、老婆はしゃべり続ける。


「そうしたらその金で治安のいい地域を回るんだよ。良いだろう?」


 ここは一番治安の悪い地区だ。


 窃盗、詐欺、麻薬、殺し。


 これらの下卑た誘いが聞こえない日は無い。


 この環境で純真無垢に育っているレオナは特異な存在といえるだろう。


「さあ早く」

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