なに考えてんだか

 私は夕飯を食べながら、テーブルの向かい側でマカロニチーズを箸でつつくあっくんを密かに観察していた。

 果たしてあのプレゼントは誰に宛てたものなんだろう。

 まず最初に思い浮かべるのは、姉の紗月さんだ。あの人はもうすぐ誕生日だし、二人は毎年プレゼントを贈り合っている。

 私が目撃した袋が紗月さんへの誕生日プレゼントだとしたら、色々と説明がつく。

 ただ一つ、あのメッセージカードを除いては。

 あそこに書かれた文章は、明らかに特別な感情を抱いている女性への想いを綴ったものだった。

 けれど私が見たところ、あの姉弟はお世辞にも熱烈な恋文を贈り合う仲とは到底言い難い。

 では他に誰が?

 考えられる可能性は、あっくんのと同じ大学に通う人。

 あっくんにだって、女友達の一人か二人はいるかもしれないし、それなりに親しい間柄であれば、プレゼントを贈るのも不思議ではない。

 どれだけ親しいかが問題だけど。

 あのカードの文章だって、見方を変えれば、ちょっと熱のこもり過ぎたお祝いの言葉とも受け取れる。

 もちろんあっくんのことは全面的に信頼している。

 想像したくないけれど、他に好きな人が出来たら私に必ず言うと約束してくれた。

 だけど、もし相手の女性のほうが、あっくんに好意を寄せているとしたら?

 ……考えただけでモヤモヤする。

 こうなったらあっくんに直接訊いてみるしかない。

 単刀直入に言うと怪しまれそうなので、それとなく遠回しな質問をする。


「ねえ……あっくん。最近、大学のほうはどう?」

「ん、まあ普通だよ。特に変わったこともないし」


 あっくんの表情を見るに、なにか隠し事をしている様子は感じられない。

 やっぱり私の考え過ぎだろうか。


「ああ、でもそういえば……」


 と、そこであっくんはそう前置きをして、このように語り始めた。


「実は同じサークルの先輩に飲み会に誘われてるんだけどさ、正直行きたくないけど断りづらくて困ってるんだよね」

「……その先輩って、もしかして女の人?」

「まあね、別にそんなに親しくない人だけど結構強引な性格でね。それがどうかしたの?」

「いや……いいの。ちょっと訊いてみただけ」

「そう……」


 もしその人があっくんに好意を抱いていたとしたら。

 飲みに誘う理由が、あっくんを酔わせてなにか良からぬことをつもりだったら……。

 荒唐無稽な妄想と言われればそれまでだけど、一度気になると考えずにはいられなかった。


「それでさ、前までは仮病を使って断ってきたんだけどそろそろ病気のネタが尽きてきたからどうすればいいのか。いくら口で『行きたくない』って説明しても聞く耳持たずって感じで……」

「くっ、口でナニをするって!?」

「……へ?」


 その単語が出て来た途端、思わず変な方向に解釈してしまった。

 いつになく取り乱す私に、あっくんが怪訝な視線を向ける。


「あ、いや……ごめんなさい。ちょっと勘違いしちゃって……」

「そう……まあいいけど」


 あっくんは特に気にせずに続ける。


「さっきの続きだけど、その先輩ってのがとにかくプライド高い人でさ、あんまり強く拒否すると俺があの人のこと舐めてるって思われかもしれないんだよね」

「ええっ!? なっ、舐めるってドコを!?」

「……はい?」

「あ」


 またやってしまった……。


「どうしたの麻由香さん? なんかさっきから様子が変だけど?」

「ううぅ……す、すみません。ちょっと別のことを考えてて……」


 悪い考えに取り憑かれて、私は完全に冷静でいられなくなっていた。そのせいで思考回路に異常をきたしているようだ。

 ごく何気ない単語でさえも、脳内で意味深なものに変換してしまう。

 変換内容が性的なものに偏っているのは、紗月さんの影響があるかもしれない。


「ああ、そうそう。変わったことかはわかんないけど、もう一つ面白い話があるよ」


 などと考えているとあっくんが


「実は今日、姉さんの誕生日プレゼントを買いに行ったんだけど、なぜか富安もついて来てさ、なんかキモい文章が書かれたメッセージカードを渡されちゃったんだよね」


 そう言って例の買い物から取り出したのは、なんと他でもない、あのプレゼント袋ではないか。


「コレどうすればいいと思う? 富安は俺が重度のシスコンだと思い込んでるから『愛のメッセージカードを送ったら喜ぶぞ』って言ってたけど、姉さんにこれ渡したところで微妙な反応されるのがオチだし」

「…………」

「……麻由香さん?」


 それを聞いた瞬間、私は文字通り開いた口が塞がらなかった。

 じゃあつまりプレゼントを買ったのはあっくんじゃなくて……。


「……えっと、それってつまりその富安って人がメッセージカードを書いたってこと?」

「そうだよ。たかが誕生日プレゼントなのに、なに考えてんだか」


 思わず全身の力が抜けた。

 今までの私の懸念がまったくの徒労だったことがわかって、安心感と脱力感で椅子から転げ落ちそうになった。

 ホントなに考えてるんだか……私が。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る