男なんてそんないいものじゃないのよ

「麻由香さん、そのナス取って」

「うん、いいよ」


 近所のスーパーで買ったものを、麻由香さんとレジ袋から取り出している時のこと。

 カレー用のナスを受け取って冷蔵庫に移し終えると麻由香さんがこんなことを言い出した。


「あっくんって昔からナスカレー大好きだったよねー」

「そうなんだよ。やっぱ嫌なことがあったり落ち込んだ時に食べると元気が出るんだ。特にナス入りってのがミソでさ。前の彼女にフラれた時もそうだったんだけど、俺の心の中にポッカリ空いた穴をこのナスが埋めてくれるんだ」

「そ、そうなんだ……」


 あ、まずい。変な言いかたになってしまった。麻由香さんがなんとも言えない表情になっている。


「い、いや別に変な意味じゃないからね! ただ寂しくなった時にはコレに慰めてもうらうというか……って、いやいやいや! そうじゃなくてっ!」


 慌てて補足しようとしたが、ますますあらぬ誤解を生むことに。

 なんでこんな言いかたしか出来ないんだ俺は。誰かこの口止めて……。


「そ、そうだ! ねえ麻由香さん。もし今度の連休予定がなかったら、二人でどこか行かない?」


 このまま言い訳を続けたら悪循環に陥りそうなので、咄嗟に話題を逸らした。


「うんいいね。あ、でもなるべく遠いところのほうがいいかな。ほら、この前のこともあるし」


 麻由香さんが言っているのは、数日前に小柳さんとかいう人が来た時のことだ。

 俺と麻由香さんとの関係に不信感を抱いた彼女は、ひそかに俺達のことを嗅ぎまわっているのだという。

 麻由香さんに探りを入れるようなSMSを送ってきたり、たまにこの近辺を徘徊したり。妊婦であるにもかかわらず、なんとも執念深い人だ。

 なのでデートをするなら出来るだけ自宅の近くは避けたほうがいいというのが麻由香さんの意見だ。


「そうだね。だったら電車で行けるところがいいよな。そういえばちょうどサン○オピューロ○ンドで期間限定のイベントがやってるらしいよ」

「へーいいね。じゃあそこ行こっか」


 こうして俺達は今度の休日、日本有数のテーマパークである「愛と夢とで、できた国」に行くことになった。

 女性向けのテーマパークだと思われるかもしれないが、実際に行ってみると案外男もいる。

 SNSを見ると男同士で行った写真をあげてる人もいた。どういう関係なのかは知らないが。



 そして約束を交わしてから数日経った週末の朝。

 普段よりお洒落な服装にして二人で家を出る。

 目的地に到着すると、さすがに休日ということもあって、かなり混雑していた。


「予想してたけど、やっぱり人でいっぱいだね。はぐれないように手を繋ぐ?」


 辺りを見渡しながら、麻由香さんがそう提案する。


「でも子供じゃないんだし、はぐれる可能性はないんじゃない。いざとなったら迷子のお呼び出しをすればいいし」

「でもそっちのほうが子供っぽくない……?」


 ごもっとも。言われてみればその通りだ。


「じゃあ恋人として手を繋ぐのは?」

「いいね、麻由香さんは繋ぎたいの?」

「うん繋ぎたい」


 そう素直に答える麻由香さんが可愛らしくて、ついドキドキしてしまった。


「ホントはね、はぐれないようにってのは単なる口実なの」

「そっか」


 そう答えながら、俺はゆっくりと手を伸ばした。

 その後、色々なアトラクションを回り、和やかに談笑しながら食事をし、さらに恋愛祈願で有名な「幸せの鐘」を鳴らしに行った。

 これから婚姻を無効にしようとしているカップルとは思えない行為だ。改めて俺達が異質なカップルであることを気づかせてくれる。

 鐘を鳴らそうとした時、近くを通りがかった六歳くらいの女児とその母親らしき女性が、こちらを見ながらなにやらこんな会話をし始めた。


「ママー、私もあの鐘鳴らしたーい」

「ユキちゃん、あれは恋人同士でするものなのよ」

「ふーん、じゃああのお姉さんとお兄さんは恋人同士なの?」

「ええその通りよ」


 なんかそんなこと言われると恥ずかしくなってくる。

 俺達が婚姻を無効にしようとしていることを知ったら、あの二人はどう思うだろうな。


「いいなあ、私も早く彼氏が欲しいー」

「男なんてそんないいものじゃないのよユキちゃん。アンタのお父さんだって始めは『君と娘だけが僕の全てだ』とか言ってたのに、最終的にはあの金髪巨乳のキャバ嬢と出て行ったでしょ。……マジでふざけんなよあのクソったれ野郎! 今度会ったらキン○マ握り潰してやる!」


 ……なんだか色々と複雑な事情がありそうな母娘だ。

 まあそれはともかく、デート事態は特に大きな支障もなく上手くいったと言っても良い。




 ――が、問題はその帰り道に起きた。

 なぜか俺達が今いるのは自分の家ではない。

 電車で帰宅する途中、一日中遊んだせいで疲れた俺達は次第にウトウトし始め、まるで申し合わせたように、二人ほぼ同時に眠り込んでしまった。

 そして目を覚ました頃にはいつの間にか終点に着いていた。

 時刻は既に十二時を回っていて、帰りの電車はもう来ない。

 やむを得ずタクシーで帰ろうとしたが、中々捕まらず、その間にも刻一刻と時間が過ぎていく。

 これ以上、真夜中に街をうろつくのは治安の関係上よろしくないので、麻由香さんとも話し合った結果、今日のところは諦めてどこかに泊まろうかということになった。

 ところが追い打ちをかけるように、この辺りにある宿泊施設はほとんど予約で埋まっており、俺達が泊まれそうな場所は一つしかなかった。

 その宿泊施設というのが……よりにもよってラブホテル。

 俺と麻由香さんは、お互い気まずい面持ちで向かい合った。

 通常なら考えられない選択肢だが、他に残された道があるかというと、さっぱり思いつかない。麻由香さんを見ると、彼女も俺と同様のことを考えているようだ。

 悩みに悩んだ末、俺達は苦渋の決断を下した。

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