私は喜んで協力するわよ

 恋人との関係を持続させるには、相手との共通の趣味を見つけることだ。

 そうすればお互いもっと一緒にいる時間が増えるし、絆も深まる。

 ただ共通の趣味がない場合は、相手の趣味に合わせなきゃいけない時がある。

 例えばこんな時――


「それでね、今職場では情報幾何学と重回帰分析を組み合わせたリスクマネジメントを導入しているの」

「へ、へえー……それは凄いね……」


 夕食後にテレビを見ながら麻由香さんの仕事の話を聞いていたのだが、専門分野になると一ミリも理解出来なくて相槌ばかり打っていた。


「あ、ごめんなさい。こんな話、退屈だったよね」

「そ、そんなことないよ。麻由香さんの話、凄く勉強になる」


 麻由香さんは国内でも有数の一流大学を卒業している秀才で、かなり高等な数学もマスターしている。

 一方で俺もそこそこの大学に通ってはいるが、麻由香さんの話を理解出来るほどの頭は持ち合わせていない。


「もうこの話は終わりにしてテレビでも見ようか。あっくんの好きな番組見ていいよ」

「そう助かっ……じゃなくて、ありがとう。ちょうどアベ○ジャーズのロードショーやってるから一緒に見よう」

「う、うん」


 そんなわけで俺の好きな映画を鑑賞することになったのだが、今度は麻由香さんのほうが微妙な反応を示すことになる。

 基本的にこういったシリーズものの映画は、専門用語を理解するのが大変なので、途中から見ると純粋には楽しめなくなることが多い。今こうして一緒に見ている麻由香さんも、テレビを必死に見つめながら難しい表情をしている。

 無理して俺に付き合ってくれているのがひしひしと伝わってくる。

 このように俺と麻由香さんには共通する趣味が少ない。

 性格とか他の相性はバッチリなのだが、ただ一つ趣味だけが全然合わないのだ。

 完全に合わないわけではないのだが、二人で一緒に楽しめる種類の趣味がないのが問題だ。

 別に気にする必要はないのかもしれないが、世の中には趣味の不一致で別れるカップルもいるのだから、軽視すべき問題ではないだろう。

 なんとか上手い解決策はないものだろうか。




『それで、なぜ私に相談しようと思ったのかしら?』


 異なる趣味を持つ相手と上手く付き合う秘訣を模索する為、俺は電話で精神科医である姉に助言を求めた。


「姉さんは精神科医でカップルの悩み相談も受けてるんだろう? なにかいいアドバイスはないかなと思って」

『なるほど。でも、だからといって身内という立場を利用して無料で私に診察してもらおうなどという心意気はあまり感心しないわね』

「普段なら頼んでもいないのに俺の精神分析をするクセに……」


 おかげで俺は昔からことあるごとに自分の内面を覗かれて、プライバシーを侵害された。

 時には分析というより、もはやただの粗探になっていることもあり、幼かった俺には半ばトラウマのような思い出だった。


『だけど少しくらい趣味が違うからと言って、なにも心配する必要はないでしょう。だって確かに麻由香さんと趣味が合って、あなたよりも数倍優れたルックスを持つ男性はこの世にいくらでもいるでしょうけど、なぜか彼女はあなたしか眼中にないのだから』

「……遠回しに俺を批判してくれてありがとよ」

『どういたしまして。大丈夫よ、ちゃんとタダで相談に乗ってあげる。家族の頼みだもの、当然よね。今のはちょっと冗談を言ってみただけ。若者っぽい言いかたをすれば『なんちゃって噓ぴょーん♪』かしらね』

「若者はそんなこと言わないから」


 というかどういうキャラを目指してるんだアンタは。

 姉は超がつくほどの変人だが、優秀な精神科医でもある。

 きっとなにか役に立つアドバイスをしてくれるはず。




 男女交際において、趣味を共有するのは相手とより絆を深めることに繋がる最良の手段だと思う。

 だから私もあっくんの好きなものに興味を持とうと努力をしているのだけれど、今のところ上手くいっているとは言い難い。

 もちろん趣味が異なっていても、上手く付き合っているカップルもいる。でも私はもっとあっくんと距離を縮めたい。その為には共通の趣味を見つけるのが一番だと思う。

 なにか良い方法が見つかればいいのだけれど。




『なるほど、それはさぞかし大変でしょうねえ』

「ええ、それで紗月さんに助言を頂けたらな、と思いまして……」

『そういうことなら私に任せなさい。外ならぬ義理の妹の頼みとあれば力になるのは当然のことよ』


 受話器越しに紗月さんの頼もしい言葉を聞き、私は非常に心強く感じた。

 あっくんの趣味嗜好を理解する為、それを熟知しているであろう姉の紗月さんに助言をもらおうと思い至り、こうして電話をかけてみた。

 すると相手は二つ返事で引き受けてくれた。

 実の弟から似たような相談を受けた時には、難色を示していたとは知らずに……。


『恋人との関係を深めるのに一番手っ取り早い方法は相手と寝ることよ。わかっているでしょうけど、この場合、“寝る”という言葉の意味は性的関係を持つということよ。間違っても、可愛いお嬢ちゃんとお坊ちゃんが仲良くおねんねしてるってことではないから、よく覚えておいてね』

「は、はあ……」

『幸い麻由香さんは女性には理想とされるスタイルの持ち主だし。さらに超絶的な寝技を身につければ、あの子を快楽に溺れさせてあなたの意のままに操ることも可能よ』

「あ、あの……出来れば今回はそういうことはナシの方向で行きたいんですけど……」


 確かに紗月さんの言うことは間違ってはいないのかもしれないけれど、強引な手段で相手を支配しようとしたところで、関係が長続きするとは思えない。

 それに私が望んでいるのは対等なお付き合いであって、支配ではない。


『あらそう。一番の武器を活かさないのは勿体ないわね。だけどもし仮にあなたが欲望のおもむくままに弟の身体を貪りたいと言うのなら、私は喜んで協力するわよ』

「ど、どうも……」


 彼との肉体関係について義理のお姉さんからお墨付きをもらってしまった。喜んでいいのかどうか。


『……それにしても興味深いわね。まさか偶然にも両方から同じ相談を受けるなんて……これは面白い臨床試験が出来そうだわ』

「え、どうしました?」

『いえ、こちらの話よ』

「……?」


 それから紗月さんから、恋人との仲を深める秘訣をいくつか伝授してもらったのだが、なぜかその結果を詳細に報告するように言われた。

 まさかそのアドバイスが、自分の実験を成功させる為のものだったとは、この時の私には知る由もなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る