出来ることなら四六時中イチャイチャしたいくらいだよ

「……なにしに来たんだ富安?」

『頼む一生のお願いだ。泊めてくれなんて贅沢言わないから、せめて一晩だけどこか泊まれるだけの宿代を貸してくれないか!』


 まあ予想していた通りの返答だった。

 モニター越しに悲痛な叫びをあげる富安の表情からは、切羽詰まっている状況がひしひしと伝わってくる。

 力になってやってもいいが、もとはと言えば勝手に実家を飛び出したコイツの計画性の無さが招いたことなので、あまり同情は出来ない。

 それになにより富安を麻由香さんに会わせたくない。確実に面倒なことになる。


「自分の金でなんとかしろよ」

「ダメだ! 今持ち金が少なくて泊まれるのはあそこしかなかったんだ。バイト代が入るのは明日だし。お前が助けてくれなきゃここで野垂れ死ぬしかないんだよ!」

「んな大袈裟な……」


 もはやヤケクソだな。

 さて、どうしたものか。

 一晩野宿したところで死ぬわけではないとは言え、雨に打たれながら一夜を明かす富安の姿を想像すると多少良心が痛む。


「どうしたのあっくん?」


 と、そこへ異変に気づいた麻由香さんが、怪訝そうな表情で近づいてきた。


「ああ麻由香さん。実は……」


 俺は事情をかいつまんで説明した。


「そう……それならあっくんの好きにしていいんじゃないかな。ここはあっくんの家なんだし」

「そうだな。俺達のことを知られたらあることないこと言いふらされるかもしれないから困るんだよ。もう変な噂がたつのは嫌だし」

「うん、そうだよね……」


 ここは富安に宿泊費を貸してお引き取り願うのが得策だろう。




「ホラ、これだけあればどこでも泊まれるだろ」

「いやー恩に着るよ。明日になったらちゃんと返すからさ」


 手渡された紙幣を財布にしまい込み、富安は深々と頭を下げる。


「ん? 誰か家にいるのか?」

「え、なんでそんなこと訊くんだ?」

「だってそこに女物の靴が……」

「――ッ!?」


 富安の指差す方向に、下駄箱に隠し忘れた麻由香さんの靴を発見して、俺は息を呑んだ。

 しまった、焦っていたせいで隠すという発想が浮かばなかった。


「えーっと、これは……そ、そうだ、姉が来てるんだよ」

「ああそういや姉がいるって言ってたっけな。でも本当か? そんなこと言って実は別れたばっかのクセに女でも連れ込んでるんじゃないのか? それを俺に知られたくないから泊めるのを断ったんだろう」

「なわけないだろう」

「じゃあ証拠見せてくれよ。本当にねーちゃんなら隠す必要もないだろう?」


 色々と妄想が激しいな。しかしこの様子では富安は引き下がりそうもない。


「はあ……仕方ないな。挨拶だけならさせてやってもいいけど、終わったら今度こそちゃんと帰れよな」

「おう、いいとも」


 こうして、誠に不本意ながら麻由香さんを姉と偽って紹介することにした。

 証拠を見せるだけなので、手っ取り早く一瞬で済ませよう。




「どうも、あっく……弟がいつもお世話になっております」


 麻由香さんは事前に打ち合わせした通りの台詞を述べて丁寧に頭を下げる。


「さあこれでいいだろ。わかったらさっさと帰ってくれ」


 ところがなぜか富安はポカンと口を開けて麻由香さんのほうをジッと凝視している。

 そして急にこちらに顔を向けて小声でこう言った。


「お、おい。お前の姉さん凄い美人じゃないかよ! なんで今まで黙ってたんだ、ちょっと俺のこと紹介してくれよ!」

「だ、ダメに決まってんだろ!」

「なんでそんなムキになるんだ?」

「あ、いや……」


 唐突な提案に思わず声を荒げてしまい、かえって富安に怪しまれてしまう。

 自分で女を口説くことすら出来ない男がなにを言い出すんだ。


「あー、わかったぞ。そこまでねーちゃんを庇うってことは、さてはお前シスコンなんだな?」

「は?」


 いきなりなに言ってんだこいつ。


「なあ素直に認めろよ。そうすれば大人しく諦めてやるからさ」


 富安が、すべてわかっていると言うように笑っている。

 すぐに間抜けな勘違いを訂正してやろうかと思ったが、これはこれで好都合であるような気がした。

 諦めてくれるなら、このまま話を合わせたほうがいいかもしれない。


「そ、そうなんだ。実は今まで隠していたけど、俺って重度のシスコンなんだ。だよね姉さん?」


 そう言って麻由香さんを見ると、最初は目を丸くして困惑の表情を浮かべていたが、すぐに状況を理解して「う、うん。そうだね!」と話を合わせてくれた。

 後になって考えると、姉は既婚者か彼氏持ちだ、という嘘のほうが現実味があったかもしれない。

 これでは違う意味で変な噂が立ちそうだ。

 しかし富安が疑っている様子はないので、これでよしとしよう。


「ああそりゃもう。他の男といるところを想像しただけで虫唾が走るくらい大好きなんだ」

「じゃあ二人きりの時とかは、こっそり家でイチャイチャしたりするのか?」

「も、もちろん昔からしょっちゅうそうだったよ。ご飯を食べさせてもらったり、膝枕してもらったり、一緒に風呂に入ったり。もう好きすぎて出来ることなら四六時中イチャイチャしたいくらいだよ。だよね姉さん?」


 話に信憑性をもたせる為、俺はそう言いながら麻由香さんの肩に腕をまわした。

 さすがにやり過ぎたか。自分で言ってて段々と恥ずかしくなってきた。隣の麻由香さんも、顔を真っ赤にして「う、うん。ソーダネー!」と、半ばやけくそ気味に頷いている。


「な、なんだってぇ!? お前、彼女と付き合ってた時から実の姉とそんな関係だったのかよ!?」


 まずい。変な噂がたたないように言った嘘が、逆に怪しまれてしまったか。


「信じられん……なんて羨ましい奴なんだ!」


 しかし富安から返ってきたのは予想の斜め上の反応だった。


「俺はずっとお前のこと同士だと信じてたんだぞ……それなのに俺の心をもてあそびやがって、この裏切り者め!」


 なんだかまた会話がおかしな方向に進み始めた。

 富安は心底悔しそうに顔を歪め、ギリギリと歯ぎしりをする。


「おい待てよ。俺は別に……」

「うるさい黙れ! お前なんかもう知らん! ……でも一緒に風呂に入る話は今度詳しく聞かせてくれよなっ!」


 富安は吐き捨てるようにそう叫んで、勢いよく家を飛び出していった。


「あの……あっくん、あの人どうしたの?」


 富安が立ち去った後、麻由香さんが困惑して訊ねてきた。


「さあ? あいつ元からちょっとおかしいんだよ」




 ちなみに――浅夫は知る由もなかったが、翌朝、富安は再び彼の家の近くまで来ていた。

 浅夫が本当に実の姉とただならぬ関係にあるのか探る為、刑事ドラマのようにコソコソと物陰に隠れながら何時間も家を監視していた。

 ここまでする理由は、凄まじい嫉妬心と、富安のひねくれた性格のせいである。

 すると八時を過ぎた頃、眼鏡をかけた女性が浅夫の家を訪ねるのを見かけた。華奢な体格で、どこか知的な印象を受ける、非常に整った顔立ちの女性だった。

 一体、浅夫とはどういう関係なのだろう、富安は考えた。

 母親にしては若過ぎるし、姉は昨日会った人物がそうだ。

 姉でも母親でもない女性で、浅夫の家に自由に出入り出来る人物となると、考えられる可能性は……。


「まさか……」


 ひょっとするとあの女性は浅夫の恋人なのでは?


 なんだかんだ言って、浅夫はもうすでに新しい彼女を手に入れているのではないか。富安を泊めたくなかったのは彼女の存在を知られたくなかったから。

 それ以外に納得のいく説明が、富安には思いつかなかった。

 そう考えた途端、富安の中でどんどんその説が、疑惑から確信へと変わっていく。


「クソ! なんだよ、あんなこと言って新しい彼女いるじゃないかよ! しかもあんな美人と!」


 完全な確証を得る為に、富安はもうしばらくその場で待ち続けた。

 そして女性が家から出てきたところを見計らって、ごく自然体を装って近づいた。


「あ……ああああのー、ちょっとすいません……」

「なにかしら?」


 もぞもぞと口ごもりながら、何気ないふりを装って話しかける。

 間近で見ると本当に美人だ。

 しかし富安の好みのタイプではない為か、少しくらいなら会話することが出来た。


「ぼ、僕……この家の男と同じ大学に通ってる者なんですけど、あなたは彼とどういう関係なんですか?」


 富安は回りくどい言い方はせず、単刀直入に質問をぶつけた。


「初対面の相手にする質問ではないわね。まああえて答えるとすれば、あの子の生活スタイルについて色々とお世話をする立場にある者よ」


 お世話……?

 富安はそれを性的な意味と受け取った。


「じゃ、じゃああなたは渕崎と親密な関係にあるんですか?」

「親密という定義に当てはまるかはわからないけど、あの子の下半身の問題を解決してあげようとしたことが何度かあったわね。恥ずかしがって中々その気になってくれなかったけど」

「なっ!?」


 なん……だと……?

 富安はそれを性的な意味に――実際、性的な意味なのだが。

 間違いない。この女性は浅夫の恋人なのだ。

 富安はそう確信していたが、実はこの眼鏡の女性こそが、浅夫の本当の姉である渕崎紗月であった。

 しかし富安はそんなことは知る由もない。


 ――渕崎の野郎……実の姉とあんなことやこんなことをしておきながら、こんな美人な彼女がいるなんて……。

 この女性は彼氏が実の姉とどういう関係にあるのか知っていて付き合っているのだろうか。知っていなければ――教えてやらなければ!

 富安は謎の使命感に突き動かされて、こう言った。


「あのーこんなことを言うのはアレなんですがね……。ここだけの話、あの男は実の姉に対して異様に不健全な感情を抱いているんですよ」

「あらそうなの?」

「ええ、他の男といるところを想像しただけで虫唾が走るくらいで、出来ることならいつも抱きしめて離したくないくらいだって言ってましたよ!」

「まあ、そう……」


 浅夫と姉との不健全な関係を暴露して、彼女を幻滅させようというのが富安の魂胆だったが、紗月の解釈は違った。

 彼女は、浅夫が自分にいかがわしい感情を持っているのだと受け取った。


「知らなかったわ。あの子がそんなふうに思っていたなんて。私の教育が悪かったのかしら」

「いえいえ、あなたのせいじゃありませんよ。全部アイツに問題があるんです」

「いいえ。やはり私の責任だわ。次からはもっと厳しくしつけないと。今度新しく開発した治療法をあの子に試してみましょう。この前サルで実験したら発狂したヤツだけど」

「……は?」


 その後、浅夫がどのような目に遭ったかは神のみぞ知る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る