じゃあな“元親友”

 政樹に反撃する算段が整い、俺は電話で奴に「話がある」と言って、近所のファストフード店まで呼び出した。

 いよいよ直接対峙する時が来た。

 この作戦を考えるのに、およそ三日間の期間を要したのだ。余程の不測の事態が起こらない限り、失敗することは考えられない。

 注文したハンバーガーをぱくつきながら、待ち合わせ時間を過ぎても一向に現れない相手にやきもきしていると、ようやく政樹が勿体ぶった足取りで店内に入って来た。


「よう待たせたな」


 これから起こることも知らないで、呑気に笑いながら挨拶をしてくる。


「話をする前に、約束の時間から三十分も遅れたことについて、謝罪の一言くらいあってもいいんじゃないか?」

「固えこと言うなよ友達なんだからよ。あんまし気にし過ぎるとハゲるぞ」


 この期に及んでまだ友達ヅラするとは、あまりの厚顔無恥に本気で政樹の神経を疑う。


「それよりも今日ここに呼び出した理由はわかってるな? この前、お前が流したデマの件だ」

「あーわかってるよ。やっぱり俺に噂を止めて欲しくて泣きついて来たんだろ? お前はホントに困った奴だなあ。まあ俺は友達思いだから、お前が『お願いします』って頭を下げるんならやってあげてもいいけど?」

「なに言ってんだ。もとはと言えばお前が勝手に根も葉もない噂をでっち上げたのが原因なんだぞ。なにも要求せずに無条件で自分がデマを広めたことを公表するのが筋ってもんだろう」


 すると政樹はフッと鼻で笑ってこう答えた。


「オイオイ、それで俺が素直に『はいそうですか』って言うと思ってんのか? だとしたら相当な頭お花畑だなお前は」

「お前は良心が痛まないのか? あんなことして他人を傷つけたりして」

「大袈裟だなあ。あの程度で傷つくとか女みたいだぞ。生理が近いのかなお嬢ちゃん?」


 駄目だこりゃ、まるで話が通じない。

 相変わらず女性蔑視が目に余るし。

 この男はいつも皆の人気者で、グループの中心的存在だったから、常に自分が正しいと思い込んでいるのだろう。

 だがそれももう今日限りで終わりにしてやる。


「お前は自分のことしか考えてないのか。麻美と別れた時も、アイツの悪い噂を言いふらして、別れたのは向こうに原因があるってことにしたそうじゃないか」

「……なんでそのことを知ってるんだよ」


 にわかに政樹の表情が険しくなる。


「この前、本人に電話で聞いたんだよ」


 麻美と言うのは、なにを隠そう俺を捨てて政樹のほうを選んだ前の彼女の名前で、フルネームは前田麻美という。

 実は数日前に電話で協力を要請した相手というのが、他でもない麻美だった。

 そこで麻美が政樹に俺と同じことをされていたのを知り、共通の敵がいる者同士、俺達は手を組むことにした。

 正直、まだ過去のわだかまりが完全に消えたわけではなかったが、目的を果たす為には気にしている場合ではない。


「それでお前は麻美の話を信じたのかよ? 馬鹿だなお前は。そんなの嘘に決まってんだろ。お前に自分のしたことを許して欲しくて全部、俺のせいにしようとしているんだよ」

「は? なに言ってんだお前?」


 頭にブーメランが突き刺さってるぞ。


「いやホントだって、あの女は大嘘つきなんだよ。お前ならよーくわかってんだろ? 俺達は女のせいで友情が壊れかけた。お前も女と縁を切ればすべて丸く収まるぞ」


 またも他人に罪をなすりつけるつもりでいるようだ。どこまでも最低な思考しか出来ない政樹に引導を渡すべく、俺はこんなことを言った。


「そんなに言うんなら今ここで?」

「え?」


 その時、ふいに政樹の背後からゆっくりと一つの人影が近づいてきた。


「ふーん、やっぱ政樹ってそういう奴だったんだね」


 冷ややかな声で言い放つ人影の正体は、俺達がたった今、話題にしていた人物――前田麻美その人だった。


「あ、麻美……」


 予期せぬ人物の出現に、動揺を隠せない政樹。陰口を言っていた相手が目の前に現れたのだ。驚くのも無理はない。

 麻美がこの場に居合わせたのは偶然ではない。俺が事前に待ち合わせ場所を教えておいたのだ。

 政樹を驚かせて動揺を誘う作戦だったのだが、見事に成功したようだ。


「な、なんでここに?」

「アンタがどんだけ最低な奴だったかもう一度確かめに来たのよ。このことを皆が知ったらどう思うでしょうねえ。アンタが平気で他人の悪い評判を振りまくクズ野郎だって知ったら」

「ハッ、俺を脅すつもりか? お前らの言うことを信用する奴がどこにいんだよ。むしろお前らがグルになって俺を脅してきたって皆に言いふらしてやるからな。お前らはもう終わりだよ、残念でした」


 確かに、皆の人気者である政樹と、デマとは言え悪い評判が知れ渡っている俺達とでは、どちらが信用されるかは目に見えている。

 しかし――


「そうか、でもお前の声で言ったら、みんな信用するんじゃないか?」


 俺がそう言うと、麻美はおもむろにバッグからスマホを取り出した。

 その画面には、先ほどの俺達の会話を撮影した動画が表示されていて、「ちょっと悪い噂流したくらいで――」と、政樹が自分の悪行を自白する様子もばっちり映っていた。


「あ……!?」


 これにはさすがの政樹も啞然とした表情を見せる。

 実はこれも俺と麻美の作戦の一部だった。

 二人きりの時であれば政樹の自白を引き出せると思い、予め麻美にその様子を撮影させたのだ。

 そして思惑通り、今の政樹は推理ドラマで言うところの“動かぬ証拠”というやつを突き付けられた時の犯人のような表情になっている。


「この動画をばら撒けば皆も俺達の言うことを信用するんじゃないかな? なにせなんだから」

「お、おい……まさか本気でばら撒いたりしないよな? や、やだなあ、アレはほんの冗談じゃないか。そんなにマジになっちゃってどうかしてんじゃないの?」


 政樹が命乞いをするように訊ねてくる。

 ここまで来てまだ冗談で済ませようとする姿は、本当に往生際が悪いとしか言いようがない。


「いや、残念ながら正真正銘、本気だ。言っとくが先に一線を越えたのはお前だからな。名誉を毀損されて俺達が黙っていると思うのか?」

「ぐっ……わ、わかった俺が悪かった……お前の言う通りにするから、その動画は消してくれ」

「ならまず行動で示すんだな。話はそれからだ」

「……お前ら友達に対して普通こんな仕打ちするか? お前らみたいなクズを友達だと思ってた俺が馬鹿だったよ!」

「へえ、それじゃあもっとクズな奴が見たけりゃいっぺん鏡を見ることだな」

「……チッ」


 政樹はわなわなと怒りに身を震わせていたが、やがて小さく舌打ちするとその場から立ち去っていった。

 正直もっと悪あがきしてもおかしくないと思っていたが、案外呆気なくてやや拍子抜けした。

 もし政樹がまたおかしな噂を流そうとしても、証拠映像がある限り、奴の思い通りにはならない。

 これで小さな問題を除けば全ての懸案事項が解決したわけだ。

 昔は飯を奢ってくれたり、悩みごとがあれば相談に乗ってくれたりしたこともあったものだが、時が経つにつれ段々と態度が傲慢になっていった。

 友達付き合いが長くなると、親しき中にも礼儀ありという言葉を忘れる奴がいるが、政樹はまさにその典型例だろう。

 思えばもっと早く縁を切っていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。

 じゃあな“元親友”。

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