あっくんと一緒にいられて凄く幸せだよ
麻由香さんと話し合った結果、俺達はある結論に辿り着いた。
最初は、まあ別に結婚したままでもいいかなー、なんて能天気に考えていたのだが、話していくうちにある問題点に気づいた。
どうやってお互いの親に説明をするのか、である。
酔った勢いで結婚しましたなんて言ったら、大顰蹙を買うのは間違いない。
誰と結婚するかは当事者の自由とはいえ、家族も無関係とは言い切れないのが実情だ。
それにどうせプロポーズするなら、もっとちゃんとした形でやり直したかった。
仮にこのまま夫婦になって将来、子供が生まれた時に――あくまでも仮の話である――「パパとママはどうして結婚したの?」とか訊かれた場合、あまりにも格好悪い話をしなければならなくなる。
それらの問題を回避する為には、婚約を一旦無効にして、一から交際を始めるのが最善だと判断したのである。
もちろん結婚を前提にした交際を。
麻由香さんもそれに同意してくれた。
婚約指輪は麻由香さんに預かってもらった。もしいつか改めてプロポーズする日が来た時まで持っていて欲しいと俺が頼んだからだ。
異常な状況下で結ばれたカップルは長続きしないとよく言われるが、そもそも勢いで結婚したり、妊娠したと勘違いしたりと、俺達自体がある意味異常なカップルだから、あまり気にする必要はないかなと思えた。
そういえばちょっと前に見たドラマでは、契約結婚からそのまま恋愛関係になったカップルがいた――しかもその後、二人を演じた役者まで結婚した。
あまり関係ないことだが、俺達が付き合う上で、なにかの参考にはなるものがあるかもしれない。
そして結婚してから数日経った今日は、麻由香さんと初めてデートする予定になっている。
ちなみに婚姻無効の手続きはまだ完了していない為、俺達はまだ夫婦のままである。
初デートが結婚した後になるとは、やはり俺達は異常なカップルのようだ。
今日行くのは、日頃からよく利用している近所のショッピングモールだった。
麻由香さんのショッピングを手伝うついでに、カフェで食事したり映画を見たりする。
以前は親友と彼女に会いたくなくて、なるべく外出しないようにしていたが、今ではもうすっかり抵抗がなくなっていた。
自宅の前で待つこと数分、ようやく麻由香さんも来たようだ。
「お待たせーあっくん。遅くなってゴメンね!」
「いや大丈夫……って麻由香さん、どうしたのその服!?」
俺が驚いたのは、別におかしな服装だったからではない。
ただ普段の麻由香さんなら、ゆったりと大人びた服装をしたイメージがあるのに、どういうわけか今日に限っては、際どいところまで太股が露出したミニスカートに、フリルを沢山あしらったブラウスという、どちらかというと可愛い系のガーリーファッションで身を固めている。
「うん、年上に見られるのがなんとなく恥ずかしかったから、大学生が着るような服を選んでみたんだけど……や、やっぱり変かな?」
「ううん、そんなことない。可愛いよ」
「そ、そっか……ありがと……」
麻由香さんは、くすぐったそうに頬を赤く染めて俯いた。
大人びた容姿に可愛らしい服装というギャップが、むしろなんとも言えない魅力を生み出していて、思わず見惚れてしまうほどだった。
これなら道行く人々の視線を釘付けにするに違いない。そう思うのと同時に、男達がどういう目で麻由香さんを見るのかを考えると、複雑な気持ちになった。
別に俺はまだ麻由香さんに対して、明確な恋愛感情を持っているわけではないのに。
「じゃあそろそろ行こうか麻由香さん」
「うん、そだね」
気を取り直して、俺達は肩を並べて歩き始めた。
手を繋ごうか迷ったが、そこまでするにはまだ早すぎるかと思い、どうしようか迷っているうちに、目的地に辿り着いてしまった。
「まずはどこへ行く?」
「えっとね、最初はお洋服。あっくんの好みに合わせた服を買いたいから、選んで欲しいの」
「ああいいよ、お安い御用」
恋人に合わせて趣味や嗜好を変えようとする人は珍しくない。
俺も前の彼女の影響でメンズメイクを試したことがある。あまりにも下手すぎて歌舞伎役者みたいな出来になってしまったが。
そんな苦い経験があったので、別に無理に相手に合わせる必要はないと、麻由香さんに言ったのだが、彼女は――
「うん、でも私は好きな人が選んでくれる服を着てみたいの。それであっくんが喜んでくれたら凄く嬉しいもん」
そこまで言われたらお断するわけにはいかない。
だから俺は要望にお応えして、洋服店で服を見繕ってやった。
麻由香さんが色んな服を試着している光景は、まるでファッションショーを特等席で見物しているような気分になった。
大人しい色をしたワンピースやフェミニンなデザインのブラウス。彼女が着ればどんな服でも似合った。
背中のファスナーを閉めて欲しい、と頼まれた時は少々戸惑ったが。
そんな調子だったから、どれを買うか予想以上に悩んでしまい、終わる頃にはもうとっくに午後を過ぎていた。
小腹が空いたので、俺達は近くのカフェテラスで昼食を済ませることにした。
「ゴメンね、思ったより長引いちゃって。退屈させちゃったかな?」
「いや、結構楽しかったよ」
目の保養にもなったし――そう考えながら、俺はエッグベネディクトをフォークで突き刺す。
「でも映画見る予定だったのに上映時間に間に合わなかったね。初デートなのにこんな失敗するなんて、やっぱりあっくんから見て、私って駄目な彼女だと思う?」
「そんな深刻に考える必要なんてないよ。代わりに別のことをすればいいだけの話じゃん」
というか厳密には彼女じゃなくてまだ奥さんなのだが。
「……あっくんって昔から私がどんなことをしても、一度も怒ったことないよね」
「んーというか麻由香さんは俺を怒らせるようなこと絶対しないからなあ。いつも俺のこと気遣ってくれるし、彼女に捨てられて落ち込んでる時もそうだけど、むしろ一緒にいて凄く楽しい気持ちにさせてくれるんだよなあ。だからもっとそばにいたいって気持ちになる」
「そ、そうなんだ。嬉しいな……」
麻由香さんは照れくさそうに顔を紅潮させて小さく破顔する。
その反応を見て、俺はいかに自分が恥ずかしい発言をしたか遅ればせながら気づいた。
本当はただの褒め言葉だったのに、これではまるで愛の告白みたいではないか。
「ありがとうあっくん……私もあっくんと一緒にいられて凄く幸せだよ」
「う、うん……」
なんとも言えないこそばゆい沈黙が二人を包み込む。
「そ、そうだ、この後ゲーセンにでも行こうか?」
咄嗟に話題を逸らして恥ずかしさを誤魔化そうとする。
「うん。その前にちょっとお手洗いに行って来るね」
麻由香さんが席を立った後、俺は結婚したままでも割と自然な感じでデート出来ていることに安心感を覚えていた。
この調子で少しずつ距離を縮めていけばいい。
と、そんなことを考えていたその時――
「あれ? なんだよ浅夫じゃないか、こんな所でなにしてんだ?」
聞き覚えのある声が、俺の名前を呼んだ。
顔を上げるとそこには、今もっとも顔を合わせたくない人物が立っていた。
その男はつい最近まで親友だと思っていたのに、俺が飲んだくれる原因を作った張本人である。
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