俺、ちゃんと責任取るから!

 検査の結果、やはり篤子は妊娠していることがわかった。

 自分が母親になると知った時は、さすがの篤子も神妙な面持ちで医師の話を聞いていた。

 今後どうするかは、相手の男性と話し合って決めるつもりだという。

 どうか何事もなく上手くいけばいいのだけれど……。

 一度は縁を切った間柄だけど、なんだかんだで篤子のことが心配な自分がいる。

 そもそも在学中に友達をやめなかったのは、彼女が異性関係でトラブルを起こさないよう見張る為だった。

 卒業して早々、このような結果になったことを考えると、私のしてきたことはなんの意味もなかったのかもしれないけど。

 とは言え解決しなきゃいけない問題があるのは私も同じだ。あっくんと婚姻無効の話をするのは辛いけど、避けては通れない。

 そう決心して自宅に戻ると、奇遇にも扉の前であっくんと遭遇した。


「あっくん、どうしたの?」

「麻由香さん……」


 その表情から察するに偶然会ったのではなく、私を待ち受けていたようだ。とうとう例の話をしに来たのだと思った。

 ところが彼はゆっくりとこちらに近づいて来ると、私の予想外の行動を取った。


「麻由香さんゴメン! 俺、今まで麻由香さんがどれだけ思い詰めていたのか、全然知らなかったんだ!」

「……え?」


 いきなり両手をギュッと握り締めて、不可解な発言をする彼に、私は思わずキョトンとしてしまう。


「もう麻由香さんだけに背負わせたりしないよ。俺、ちゃんと責任取るから!」

「あの……ゴメンあっくん、なんの話をしてるの?」

「隠さなくてもいいよ。実はさっき、誕生日パーティーの時に忘れていったハンカチを届けようと思って、麻由香さんがいない間に家に入ったんだ。それで……テーブルの上である物を見つけた」

「あ」


 私は篤子と家を出る際に、テーブルに妊娠検査薬を置き忘れたのを思い出した。


「ほら、俺達がその……結婚した日の翌朝、ほとんど裸でベッドに寝てただろ? あの時、麻由香さんはなにもなかったって否定してたけど、本当はやっぱりがあったってことだよね? でなきゃアレを使う理由がないだろう」

「え、えっと……」


 話をまとめると、彼は私達が結婚した夜に、実はただならぬ行為があって、私が妊娠したと勘違いしているのだ。

 確かに私の家に妊娠検査薬が置いてあれば、まさかそれが他人のものだとは思わないだろう。

 普通に考えて、あれからまだ一週間も経っていないのに、妊娠するはずがないと思うのだけれど、彼は気が動転して気がついてないらしい。

 恐らく考えるより先に身体が動いてしまっているのだと思われる。


「あ、あのねあっくん。違う、誤解なの……」

「そんなふうに気を遣わないでよ。きっと麻由香さんは俺がまだ学生だから、子育ての苦労をさせたくなくて嘘をついたんだよね。確かにこれを知る前は婚姻を無効にしたほうが二人の為になるんじゃないかと思っていたけど、子供が出来たからにはちゃんと責任は持つよ。頼りないかもしれないけど俺、父親らしく頑張るから。ちゃんと結婚もして……って、それはもうしてるか……子育てもしっかりやるし、大学辞めて働くことにするよ!」

「いやその……」


 そうじゃないの――と言おうとしたところで、ふとある考えが頭をよぎった。

 もしこのまま妊娠したと勘違いしていれば、あっくんは結婚したままでいてくれるのだろうか……。

 いや、なにを馬鹿なことを考えているんだろう私は。彼を騙すなんて、そんなこと許されるはずがない。だいいちそんな嘘、すぐにバレるに決まっている。


「麻由香さん、これから色々と大変なことが起こると思うけど、二人で乗り越えていこうね」

「いや……もうすでに大変なこと誤解が起こっているんですけど……」

「俺、麻由香さんが望むことならなんでもするよ。妊娠させてしまったんだから、幸せにしてあげるのが男として当然の義務だよな」

「あっくん……」


 ダメだ、甘い言葉に流されてはいけない。本当のことを話さないと。

 けれど話すにしても、なんて説明すれば信じてくれるのだろう。

 あっくんは私が彼に子育ての苦労を背負わせたくないから、嘘をついたのだと思い込んでいる。

 これでもし本当のことを話しても、信じてくれる保障はあるのだろうか。


「どうしたの麻由香さん? さっきからずっと黙っているけど」

「え? う、ううん……なんでもないの」

「そう。じゃあ俺、これからバイトがあるから、続きはまた明日にしよう!」

「あっ!? ちょ、ちょっと待ってあっくん!」


 しかし彼は私の制止を完全にスルーして、そのまま走り去っていった。

 やってしまった。私がほんの一瞬躊躇したせいで、大事なことを言いそびれてしまった。


「あぁ、どうしようどうしよう……。大変なことになっちゃった……!」


 本当に困ったことになった。

 このまま誤解を解くのが長引けば長引くほど、真実を言い出し辛くなる。

 かといって私が下手に説明しようとすれば、さらに状況が悪化する恐れもあるし……。

 それならば、他の人に説明してもらったほうが良いのでは?

 考えに考えた末、私はやむを得ず、彼のお姉さんである紗月さんに電話することにした。

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