うれピー!

「はい、お誕生日祝いにスパークリングワインとオレンジジュース買ってきたわよ。これでミモザを作りましょう」


 姉は持って来たトートバッグから、今言った二つの品を取り出した。

 来た時からずいぶん大きなバッグだなと気になってはいたが、そんなものが入っていたのか。


「真昼間から酒を飲むのか?」

「なにか問題でも? あなたはこの数日間ずっと酒に溺れてたんでしょう?」

「…………」


 事実その通りなので、なにも言い返せない。

 姉は他にも酒の肴になりそうな料理をタッパーで持って来ており、三人でそれを皿によそっていく。

 用意周到だな。


「それにしても姉さんはよく麻由香さんの誕生日を覚えてたよな」

「当然よ。私が今日ここに来たのは麻由香さんのお祝いをする為なんだから。私が毎年この日になると誕生日パーティーをやる為に、家に来るのをあなたも知っているでしょう?」

「え、ということは俺の電話がなくても最初からここに来る予定だったのか? 俺の相談を聞く為じゃなくて?」

「もちろんそれもあるわよ。だからこうして麻由香さんの誕生日を祝うついでにあなたの取るに足らない悩みも聞いてあげているのよ」

「……アンタ俺になにか恨みでもあるのか?」


 どうりで電話した次の日に駆けつけるなんて、対応が早過ぎると思った。

 ずいぶん前から誕生日パーティーをする予定があったのか。

 よほど麻由香さんのことを高く買っているらしい。

 そんな麻由香さんが義理の妹になってくれて、さぞかし嬉しいことだろう。


「去年の誕生日パーティーを覚えているかしら? あの時は私がスイス旅行で買ったスノードームをプレゼントしたのよね。アレは気に入ってくれた?」

「はい、とっても綺麗だったので家のリビングに飾らせて貰っています」


 俺を無視して姉は麻由香さんと会話を始める。

 もしかして婚姻無効に反対しているのは、彼女に義理の妹になって欲しいからじゃないか?


「それと、あっくんはサンドピクチャーをくれたんだよね? 砂を動かすと絵が変わるやつ」

「……え、ああそうだったな」


 ふいに話を振られて、ちょっと返事が遅れる。


「今まであっくんに貰った中で最高のプレゼントだったよ。だから寝室の一番目立つところに飾っていつでも見られるようにしてあるんだ」

「気に入ってくれてよかったよ。散々迷って買ったから喜んでくれるか心配だったんだ」

「私ね、アレを見る時はいつもあっくんのこと考えてるの……」

「そ、そうなんだ……」


 俯きながら頬を赤くする麻由香さんがあまりにもいじらしくて、つい見惚れてしまう。


「……まあ、私のプレゼントのほうが高価だったけど」


 姉が余計な口を挟む。

 自分より俺のプレゼントのほうが評価されて悔しいらしい。大人げないぞ。


「しかも私なんてパーティーで手品を披露したのよ」

「手品といっても耳からコインを出したり親指を伸ばしたりしただけだろ。あれなら俺にだって出来るよ」

「だからなに? あなたなんてスパ○ダーマンのコスプレしただけじゃない。『あなたの親愛なる隣人』とか言って」

「……それでも麻由香さんは喜んでくれたんだぞ」

「ま、まあまあ二人共……それよりこのカルパッチョ美味しいよ?」


 見かねた麻由香さんがさりげなく仲裁に入る。


「失礼、ついヒートアップしてしまったわ。どうやらお酒を飲み過ぎたようね」


 頭を抑えて姉が呟く。

 せっかく麻由香さんの誕生日なのに空気を悪くしてしまった。俺も反省しなくては。

 もともと仲の良い姉弟ではなかったが、俺が酔っ払って結婚したせいで姉の態度がさらに辛辣になっている気がする。


「さてと……じゃあ気分を変えて、私が新しく覚えた手品でもお見せしましょうか」


 ミモザを一口飲むと、姉が突然そんなことを言い出した。


「いやいや、なんでいきなりそんな流れになるんだよ?」

「弟に腕前をけなされて黙っているわけにはいかないでしょうが。この一年間の練習の成果を見せてあげるわ」

「そんな意地張らなくてもいいって」

「うるしゃいわねえ。弟のクセにお姉ちゃんに口ごたえするなんて生意気だぞぉー」


 ……アレ?

 なんか急に口調が変わって面食らった。

 不審に思ってじっくり姉を観察してみると、手元のミモザが入ったシャンパングラスに目が留まる。

 久し振りに会ったから忘れてたけど、そういえばこの人って相当な下戸で、アルコール度数の低いチューハイなどでも、一口飲んだだけで酔っぱらってしまうのだった。


「えー今回はこの手錠を手首にはめて鍵を使わずに外して見せましゅー」


 そう言って姉はトートバッグから手錠を取り出す。

 事前に持って来たということは、最初から手品をやるつもりだったのだろう。

 本当に用意周到だな。


「さ、紗月さん? 別に無理しなくてもいいんですよ?」


 さすがに麻由香さんも見かねておずおずと忠告する。


「義妹までそんないじわるなこと言うなんて……ふぇーん、酷いよぉ。お義姉ねえちゃん泣いちゃうぞっ」


 ダメだこりゃ。

 姉は顔を両手で覆ってシクシクと、わざとらしく泣く振りを見せる。

 ウソ泣きであることは一目瞭然だったが、こうなったら手品をやるまで泣き続けるだろう。

 去年の誕生日パーティーでも、手がつけられなかったのを思い出す。


「あーもう、悪かったよ。手品やっていいからもう泣かないでくれ」

「ワーイ、うれピー!」


 子供のように両手両足をパタパタさせて喜ぶ姉と、それを見て呆気にとられる俺と麻由香さん。

 姉弟揃って酒癖が悪いことを露呈してしまった。


「はいでは手錠をかけるので二人共、手を出してくださーい」

「え、俺達の手でやるの? 自分のでやれば?」

「自分のだとまだ上手く出来ないの。だから他の人でやるのっ」


 普段は誰で練習しているのだろう?

 正直、気が進まなかったが、機嫌を損ねたくないので仕方なく手を差し出した。

 姉は麻由香さんの左手と、俺の右手にそれぞれ手錠をかけると、その上にハンカチサイズの布を被せる。

 麻由香さんがこちらに近づいた瞬間、頭部からなんとも言えない芳醇な香りが漂ってきって、激しくドキドキした。

 ……女性の髪の毛ってなんでこんないい匂いがするんだろう?

 そんな俺の気持ちを余所に、姉は両手を布の中に突っ込んで、なにやらゴソゴソやり始める。


「むーん、アブラカダブラちちんぷいぷい……と、このように呪文を唱えると――あーら不思議! この通り手錠が外れ……ア、アレ?」


 と、姉がにわかに困惑した表情を浮かべる。

 物凄く嫌な予感……。手錠は一向に外れる気配がない。


「ゴメン、外しかた忘れちゃったみたい……テヘッ♪」


 全然可愛くねえ……。


「ちょ、どうするんだよコレ!?」

「ご心配なく。鍵を使えば手錠なんて簡単に外れるから」

「そうか、じゃあ早くしてくれ」


 ところが胸を撫で下ろしたのも束の間、次の麻由香さんの一言で再び嫌な予感に襲われた。


「でも、まさかとは思いますけど、鍵を持って来るのを忘れた、なんてことはないですよね?」

「やぁねえ、そんな馬鹿なことあるわけが……あったわ……鍵がどこにも見当たらない、どうしましょう……」


 なんとも言えない沈黙が、少しの間リビングを支配した。


「ごめんなさい、すぐ家に取りに帰るから待っててちょうだい――」


 そう言って姉は立ち上がろうとするものの、すぐに足をもつれさせてソファーに倒れ込む。


「おいおい危ないなあ。そんな状態で外を歩けるわけないだろ」

「心配にゃいわよぉ。この私がダメなように見えりゅう?」

「うん、思いっ切りね」


 かと言って手錠に繋がれた俺達が行けば別の意味で危険だ。


「ねえあっくん。ということは紗月さんが手錠の外し方を思い出すか、酔いが醒めるまでは、私達この状態のままで過ごさなきゃいけないってことになるよね?」


 確かにその通りだ。

 どちらにせよ、少なくとも数時間、下手をすると明日までこのままになるかもしれない。それまでは超至近距離で麻由香さんと二人きり……。

 本当に、絵に描いたようなラブコメ展開だな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る