これからよろしくお願いしますね、旦那様♪
目を覚ますとなぜかパンツ一丁でベッドに横になっていた。
昨日のことはよく覚えていない。前後不覚になるくらい飲酒したせいで記憶が飛んでしまったようだ。
なにがあったのかはまったく覚えていないが、羽目を外し過ぎて人前で変なことはしてないだろうな?
「うーん……」
頭が痛い。完全に二日酔いだ。
「ふみゃー……」
ん? 気のせいかな。なんだかもう一つ寝息が聞こえるような……。
恐る恐る横を見ると、目の前にファンタジーの世界から抜け出した妖精かと見紛うような綺麗な寝顔があった。
「……え?」
一瞬の沈黙の後、それが美崎さんであることに気づいた。
こんなに間近で見たことはなかったが、このきめ細やかな色白の肌や、長く均整の取れたまつ毛、ぷっくりと程よく膨れた桜色の唇は、間違いなく彼女のものだ。
「えぇ!? な、なんで美崎さんがここに!?」
「んむぅ……なぁにぃ?」
思わず飛び起きて叫ぶと、その拍子に美崎さんが目を覚ました。
「あ、あっくんオハヨー……」
「アッハイ、おはよう……ってそうじゃなくて! なんで俺のベッドで寝てるの!?」
眠たげに瞼を擦りながら呑気に挨拶をする美崎さんに、少しだけ苛立ちを覚えた。
よく見るとなぜか、俺が昨日着ていたシャツを身に着けている。
しかもそれ以外はなにも着用しておらず、サイズが合っていないから肩や胸元や太股が際どいところまで露出している。
とりあえずノーブラなのは確認出来た。下半身はシャツの裾に隠れてギリギリ見えないが、ショーツだけは穿いていると信じたい。
「覚えてないの?
「そ、そうだったのか。それはご親切にどうも……」
美崎さんに指摘されて、昨日の記憶が断片的によみがえってきた。
頭痛のせいでハッキリとは思い出せないが、なにかとんでもないことをしてしまったような気がする。
「ところで、なんで俺パンツしか穿いてないんだ? それに美崎さんが着ているのって俺の服だよな?」
「ああ、汗かいてたから風邪ひかないように脱がせたの。で、あっくんを寝かせた後、帰ろうとしたんだけど、戸締りが出来ないことに気づいて、あっくんを起こすわけにもいかないし、もう遅いこともあって今夜は泊めて貰うことにしたワケ。この服はパジャマ代わりに借りたの」
「なるほど。でも洗濯した服があるのにわざわざそれを着なくても……。汗臭いんじゃない?」
「ううん、そんなことないよ。あっくんの匂い、好き……」
そう言って美崎さんは服の袖を顔に近づけて、愛おしそうにスーと匂いを嗅ぐ。
「こうしているとあっくんに抱き締められてるみたいで凄くドキドキするの」
「そ、そう……」
ただでさえあられもない格好を晒しているのに、そんなことをされたらこっちまで緊張してしまう。
心を落ち着けようと思い、俺はあたふたとベッドを離れて服を身に着け始める。
「じゃ、じゃあつまり俺達って、別にそういう関係になったわけじゃないんだな?」
ここで言う『そういう関係』とは、ダメな大人がよく酒の勢いでやらかす『一夜の過ち』のことを意味する。
若い男女が裸同然でベッドにいるのだから、そう考えるのは自然だろう。
美崎さんはすぐに俺の言葉を理解したようで、やや気まずそうに目を逸らしながらこう答える。
「あーうん……確かにあっくんが思っているようなことはなかったよ。思っているようなことは、ね……」
「そっか、よかったぁー。俺、酔っ払って変なことをしたんじゃないかってヒヤヒヤしてたんだ」
「そうだよね、結婚するのは別に変なことじゃないもんねっ」
「そうそう結婚なんて全然……ん、結婚?」
その単語に引っかかるものを感じて、思わずオウム返しに呟く。すると美崎さんが「うん。ほらこれ」と左手の薬指にはまっているものをこれ見よがしに差し出してきた。
そう、あれは紛れもなく俺が居酒屋で美崎さんに渡した婚約指輪。
「そ、それって……」
「忘れちゃったの? 昨日あっくんがくれたんだよ」
「いや、それは覚えてるけど……」
問題はその後のことだ。
確か浴びるように酒を飲んだ後、色々と話が進んで今すぐ婚姻届を出そうということになって、二人で区役所に行った記憶がある。
あれは夢の中の出来事だと思っていたけど、考えたら現実だったような気がしてきた。
そのことを恐る恐る、美崎さんに訊ねてみると――
「ああ、それ現実だよ」
こともなげに言われた。
「冗談だろ美崎さん……?」
「もう美崎じゃないよ。苗字が変わって渕崎麻由香になったからね」
マジか……。
信じられない話だが、表情や口調に嘘は感じられない。
「保証人は誰がなったんだ?」
「居酒屋のご夫婦。私達が結婚したいって言ったら喜んで引き受けてくれたよ」
あの二人か。昔からいい加減なことで有名なんだよな。
なんだかアメリカの映画でこういうの見た気がするな。ラスベガスで出会ったばかりの男女が、酔った勢いで結婚してしまうコメディ映画――ラスベガスでは簡単に結婚出来る。
「私、今とっても幸せだよ。だって世界で一番好きな人の奥さんになったんだもん」
困惑する俺をよそに、ほんのりと頬を赤らめて自分の想いを吐露する美崎さん――改め、麻由香さん。
昨日の告白は俺も覚えている。
あの時は酔っ払って正気を失っていたから、てっきり俺を励ますためのお芝居だと誤解していたが、冷静に思い返してみれば、あれは誰がどう見ても本気の告白だった。
なぜあんな馬鹿な勘違いをしたのか、自分でもわからない。
しかもその後に、本当に結婚してしまうという、もっと馬鹿なことをやらかしてしまうなんて。
そう言えば最初に区役所に行こうと言い出したのは俺のほうだった気がする。
それに割とノリノリで婚姻届も書いていたような……。
酒の力って凄まじいな。
「これからよろしくお願いしますね、旦那様♪」
麻由香さんはこれから嫁に行く女性がするように、幸せいっぱいの笑顔を浮かべてそう言った。
普通、夫婦になるには、まずデートをしたり、お互いの相性を確かめ合ったりするものだが、俺達そういった過程を全部すっ飛ばしていきなり結婚してしまった。
どうしよう……。
目の前の現実があまりにも非現実的過ぎて、まだ夢を見ているような感覚に襲われる。
どうでもいいことだが、いつの間にか彼女にフラれたショックは跡形もなく消え去っていた。麻由香さんのおかげだろうか。
ずいぶんと荒療治だが。
あと、しばらくは酒を控えたほうがよさそうだな。
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