ウイグル訪問

 摩天楼から放たれた光が、薄明と混ざり合う。薄紫に溶け込む高層ビルの隙間を、黄浦江の流れが静かに蛇行している。天気予報では「くもりのち雨」と言っていたが、まだ雨は降っていないようだ。


 林鄭はこの早朝から仕事をするほど勤勉だが、事務所は相変わらず雑然としている。古い木製のデスクの上には、不動産契約書やどこかの企業との書類が乱雑に積まれ、その隙間に灰皿が置かれている。タバコの灰が書類の上に落ちているのも気にしないらしい。林鄭は口元にタバコを咥えている。その表情には、いつものように狡猾な笑みが浮かんでいる。

「新疆に行く、これから数日戻らない。入居はもう少し後になる予定だったな。」

「三日一日からの予定だ。まだ一ヶ月ほどある。」

劉から受け取った資金を三つの封筒にわけ、ひとつをコートの内ポケットに、ひとつを長財布に、ひとつを鞄のポケットの中に入れる。林鄭は灰の柱を落とした。私はそれ以上何も言わず、軽く手を挙げてビルを後にした。


 朝の出発便で混雑する浦東空港の国内線ターミナルで、ムハンマドは裾を翻しながら奶茶ミルクティーを嗜んでいる。空港の喧騒の中にあっても、別の時間を生きているかのような落ち着きだった。その姿は、ウイグルは俺の庭であると宣言しているかのようだった。


 公安は北京の意思を体現し、軍部は北京に遣われながら北京を脅迫する存在だ。他の土地では一枚岩ではない彼らも、新疆の地においてはウイグル人を圧する点においては一致している。上海や広州のそれらとは違う。新疆では、彼らの言葉が法律であり、彼らの意志が生死を分ける。私は、死地に赴くつもりで国内線に飛び乗らなければならない。母からの心配のメッセージが丁度、微信WeChatに届く。私はこれを、開くことなく放置する。


 スマートフォンが音を鳴らす。ため込んだ通知が、私に開かれるときを今か今かと待っている。未読の十件の中には、ドバイのエネルギー企業のものもあった。林鄭の紹介によって繋がった彼らは、我々に土地と工員を提供してくれる。この土地で、塩化金を金塊に還元する作業ができるはずだ。


 飛行機が飛び立つ頃、上海の空はわずかに橙掛かっていた。身を預けたシートは、安い航空券にしては悪くないものだった。


 荒涼とした中国の果てには、成都で乗り換えることで到着した。既に短針は三時を指している。克拉瑪依カラマイは、国営企業によって油田をはじめとする資源が開発されている。岩肌が剥き出しになった山々の麓に、錆びた鉄柵に囲まれた採掘場が延々と続く。


 ムハンマドは地図上の北疆ほくきょう一帯を指す。小さなSUVを借りて乗り込む。やかましい音を立てて走り出したおんぼろは、道の果てまで続く軍標識と建設機械の動作音の間を走り抜ける。公安幹部らしき高級車と軍用車両が、大通りに掲げられた五星紅旗の下を行き交う。車を走らせ続けて一時間、カラマイの市街を通り抜けて、ジュンガル盆地の北西端・烏爾禾ウルホまでくると、露天油田も目に入ってくる。


 この悪知恵が働く男が持つコネクションは相当なもので、この国営鉱山で労働力となっているウイグル人から違法鉱山の運営者に至るまで多彩なものだ。


 国営鉱山の問題は我々も認知している。鉱山に限らず、鉱業的な営みは腐敗の温床である。特にウイグルで操業される軍営鉱山は事実上容認は、権力の威を借りた不法行為である。そしてそのどちらも、採掘物を横流しし私益を貪っている。特に金の密売は魅力的なようで、納税を含むあらゆる手続きを省略でき、大きな利益が見込めるというのだ。


 ムハンマドは公安が恐ろしくないのかと私に問う。私は善き共産党員である。全く恐ろしいものではないというと、ムハンマドの笑みの端がわずかに動いた。我々が交渉すべきなのは、この鉱山だけではないのだ。こんなところで怯えていては話にならないのだ。


 ここを含めた国営鉱山での算出物と、違法鉱山で算出される金鉱石の混合で、我々は原価を市場価格の四割に抑えることを目標としている。我ながら厳しい数値目標だが、これはもはや前提であるのだ。


 我々はある建物の前で車を停めた。サングラスを外し、遠くの管理棟を見る。建物の周りには、銃を肩にかけた男たちが規則正しく並んでいる。ここが「国営鉱山」であることを、否応なく思い知らされる風景だ。

「お前、前にここに来たことがあるのか?」

私は助手席のムハンマドに声をかけた。彼は窓の外を眺めながら、小さく笑った。

「何度かある。だが、歓迎されたことはない。」

それは、言葉のままの意味だろう。ウイグル人がこの地で歓迎されることなどあり得ない。ここにいるのは、国から送り込まれた漢族の管理者たちと、労働力として扱われるウイグルの人々だけだ。彼らにとって、ウイグル人は管理対象であり、客ではない。

「お前は大丈夫なのか?」

「問題ない。俺はここにいる全員よりも、この鉱山の事情を知っている。」

ムハンマドは自信に満ちた口調で言った。私は軽く頷き、車のドアを開ける。砂混じりの風が吹き込み、衣服の隙間から冷たい空気が入り込む。鉱山の管理棟は無骨なコンクリートでできている。窓ガラスにこびりつく砂埃は、建設年代以上の古さを感じさせる。建物の横には、小さなプレハブの事務所がある。我々の目的地はそこだった。


 警備員に頼み、事務所へ通される。デスクの向こう側に、五十代後半の漢族の男が座っていた。太った体型に黒縁の眼鏡をかけ、疲れた顔をしている。部屋の隅から古い扇風機が風を送り込む小さな空間で、男の目は、私ではなく、ムハンマドに向けられる。その視線には、明らかな不信感と警戒心が滲んでいた。

「なんだ、お前たち……。」

低く、乾いた声が空間を切り裂く。私はムハンマドを見た。ムハンマドは一歩引いたまま、視線を落としている。ウイグル人が漢族の管理者に対して余計な刺激を与えれば、話すら聞いてもらえない。ここではそれが絶対的なルールだった。


 私は落ち着いた口調で答えた。

「我々は投資家です。」

その瞬間、管理者の視線がわずかに揺れた。官吏から見れば、「投資家」という存在は、不正と利益の二つの側面がある存在だ。一度名乗れば、この国のあらゆる官僚を一瞬立ち止まらせる。少しでも多くの「利益」を求める人間ならば、耳を傾けなければならない相手だ。管理者は鼻を鳴らした。まだ警戒心を解いていない。

「ふん……そっちのウイグルは?」

「私のパートナーです。詳しい話は、」

私の言葉を遮るように、ムハンマドが低い声で言う。

「今年は生産量が落ちてるだろう。俺たちなら、製錬の途中で『漏れた』分をそのまま高値で現金買い取りする。だから、あんたらの裏帳簿に載せるだけで済む。」

管理者は微かに目を細めた。


 金は、国家戦略資源であるため、全量報告が義務付けられている。その上金の売却には別の手続きが必要である。ムハンマドは、この管理者が両方を面倒くさがっていることに目をつけたのだ。国営鉱山といえど、全ての取引が表に出るわけではない。帳簿には載らない金が、毎年どこかに消えているのは、この業界の常識だ。「裏帳簿」という言葉に反応したのだろうが、それをいきなり口にするムハンマドの態度に、管理者は疑念を抱いたようだった。


「正規の書類を通すなら、国に申請が必要だ。……まさか密売させる気じゃないだろうな。」

私は一瞬、笑みを引きつらせた。交渉の場では、「密輸」という言葉を先に出した方が負ける。それが暗黙のルールだ。

「そこはご心配なく。我々は『投資会社』の名義で運ぶので、名目は作れます。」

「名目?」

「あなたには、メリットだけが残る。」

私はテーブルの上に、鞄から取り出した小さな封筒を置いた。管理者の目が、それを追う。彼はしばらく封筒を見つめた後、視線を私に戻した。私は微笑を崩さずに、管理者の反応を待つ。


 この国では、偸税脱税や税額詐取の疑いを一度でもかけられれば、生涯公安の目に怯えなければならなくなる。この国において偸税の罪には遡及期間の制限が存在しないのだ。書類以上の金は、行方をくらませられるものでなければならないが、それならば都合良く受け取れるのだ。政治闘争を勝ち抜いてきた者たちの生存戦略と政治文化に、本当に、尊敬を念を覚える。


 数秒の沈黙の後、管理者は大きく嘆息し、舌打ち混じりに交渉をまとめた。

「……いいだろう。だが、トラブルがあっても俺は知らんぞ。」

「それは当然です。」

「それと、相応の『手数料』は忘れるな。」

「もちろん。」

管理者は最後に周囲を見回し、声を低くして言った。

「あと、公安が巡回してるから、くれぐれも目立つなよ。」

私はムハンマドは無言で頷いた。それ以上の言葉は不要だった。管理者はゆっくりと手を差し出した。私も、それに応じる。二人の手が固く結ばれる。その握手が共犯関係の確認であることは、この場にいる誰もが理解していた。


 交渉を終えた我々は、管理棟を後にした。外に出ると、砂混じりの風が再び吹き付ける。空はどこまでも広がっている。西には、厚い雲がゆっくりと形を変えながら流れていた。

「思ったより、簡単だったな。」

盧が言うと、ムハンマドは乾いた笑いを漏らした。

「いや、簡単じゃないぞ。今のうちに撤退する準備もしておけ。」

私は彼の横顔を見た。その目には、どこか遠くを見据えるような鋭さがあった。


 空はすっかり暗くなっている。カラマイからカシュガルまではまた飛行機を乗り継いで行かねばならない。中国はあまりにも広大である。今日はカラマイで一泊することにした。ムハンマドは気遣ってか、休むようにいう。私も眠気が祟ってか、今日は早めに床についた。


 翌朝、薄青い空が広がるなか、私たちは宿を後にする。車を返却し、カラマイ空港へ。人影まばらなターミナルで荷物検査を受ける。ムハンマドがあたりを見回し、警戒する。

「北疆の次は西疆か。相変わらず忙しいな。」

私がそう言うと、ムハンマドは「そうだな」と短く答える。彼の横顔には焦りよりも、どこか燃えるような決意が垣間見える。我々はカラマイ空港からウルムチを経由し、最終目的地であるカシュガルへ飛んだ。飛行機から降り立つと、乾燥した大地の匂いと、まばゆいほどの太陽が出迎えてくれる。


 空港からタクシーに乗り込み、カシュガル市内へ近づくにつれて、街の様相は大きく変わっていく。ウイグルの偽物の活気が香りたつ大通りには、近代的なビル群が立ち並ぶ。タクシーが目抜き通りを走ると、眩しい太陽の下でウイグル伝統の帽子ドッポを被った人々が歩道を行き交う。漢族向けの資本が入り込んだ大型ショッピングモールやホテルも開発され、観光客らしき人々がカメラを手に楽しそうに写真を撮っている。


 タクシーを降り、歩行者天国のような広場を少し歩く。「中国の発展に感謝を」と大きく書かれた横断幕を掲げている若者グループが声をかけてくる。

你好ニーハオ!素晴らしい街でしょ? 昔よりずっと安全で便利になったよ!」

政府系宣伝活動の洗礼を受ける。「親中派」を誇示することによるメリットがあるかのようだった。ムハンマドは顔をそむけたまま、何も言わずにその場を通り過ぎる。


 腹も減ってきたので、ムハンマドの勧めで市内の古い商店街へ向かう。通りには地元料理の店が立ち並び、スパイスの匂いが混じった空気が充満している。ある店の看板は華やかなウイグル文字が描かれ、窓からは電飾がキラキラと漏れていた。入口には何人もの客が往来しており、店内も明るい音楽が流れている。


 複数のテーブルは家族連れや若いカップルで賑わい、彼らはスマートフォンで動画を撮りながら大笑いしている。店主らしき人物は流暢な普通話標準中国語で「いらっしゃいませ、特製ケバブがうまいですよ!」と声をかける。テーブルには豪快に盛られた羊肉料理や麺が乗り、客たちは「あのタワマンがこの辺に建つらしい」と未来の発展を楽しげに語る。ムハンマドは遠巻きにそれを見ながら、ため息とも笑みともつかない表情を浮かべる。私は、曖昧なニュアンスの感想を漏らす。

「こういう店もあるんだな。」

しかし彼は店の奥の方をちらと見て首を振る。

「いや、俺の知る店はここじゃない。もっと落ち着いた場所がある。」


 同じ店の奥へ進むと、急に照明が落ち着き、客もまばらになった暗いスペースがあった。そこは表の賑やかさとは打って変わって、低い話し声が響くのみ。古い木製のテーブルに座るウイグル人たちは、携帯を隠すように握りしめ、互いに押し黙っている。こちらを盗み見る視線に緊張が走る。一人の男がぼそりとウイグル語で「政府がどうとか」と呟くと、別の男が「静かにしろ」と言う。ある種の「圧」が漂っている。まるでここは、街の喧騒から切り離された“影の空間”のようだった。


 ムハンマドは私に座るよう促し、店員に低い声で何かを注文した。おそらく羊肉の串焼きやピラフ、スープなどウイグル伝統の料理を頼んだのだろう。

「ここで少し休もう。……それに、工場の管理者の連絡を待ちたい。」

「工場って、あの化学処理のか。」

「ああ、俺の友人だが、最近なにやら事情が変わったらしい。連絡が取りづらくなってるんだ。」


 一晩の熱い議論の中では、金を取り出した後の処理についても、とんとん拍子で候補が決まった。ムハンマドの旧友に、ウイグルで工場を操業する人間がいるらしく、これを「紹介できる」とのことだった。ウイグルの工業地域は今や鬼城幽霊街だ。軍部によっていくつもの施設が閉鎖され、自由な工業活動もできない。公安の監視下にある中でできることは少ない。漢人からの仕事の請負は、そのひとつであるからして、心配しなくて良いとのことだった。しかし、どうも状況は変わってしまっているらしい。


 頼んだ料理が運ばれてくる。、スパイシーな羊肉が赤茶色に焼けている。私はしばらく無言のままそれを頬張った。口の中に広がる旨味と油のコク……しかし、まるで胃が何か重くなるような気がするのは、この場所の雰囲気のせいだろうか。やがて、奥のテーブルに座っていた男たちの話し声が、ひそひそ声ながら耳に届いてきた。

「結局、漢族の資本がどんどん入ってきて、我々の土地は奪われる一方だ。」

「中国の開発なんて、ウイグル人には利益がない。むしろ同化政策だ。」

 男たちの言葉には、抑え込まれた憤りが宿っている。話が公安や独立派の話題に移った途端、彼らはさらに声を低くした。


 ムハンマドは聞こえないふりをしながら、私に視線を寄越す。

「まぁ、こういう連中も少なくない。独立だの自治権拡大だの、そういう要求が渦巻いてるんだ。」

「お前はどう思ってる?」

私が尋ねても、ムハンマドは黙って杯を口に運ぶだけだった。


 食事を終えたころ、ムハンマドのスマートフォンが震えた。彼が画面を覗き込み、声を低くする。

「連絡が来た。化学工場の管理者、あいつが俺の友人なんだが、妙な噂がある。」

「噂?」

「どうやら、その工場が今、ウイグル独立派の拠点になってるらしい。あいつ本人は昔から政治には興味ない男だったのに。俺もそこまで知らなかった。」

ムハンマドの表情から、驚きと困惑がうかがえる。

「つまり、そこを使って塩化金に加工する計画は、独立派の活動と関わるってことか?」

「そうなるな。でも、ここまで来て代わりを探す余裕はない。」

彼は一瞬唇を噛んだあと、私に言う。

「工場にはこれを食べた後に顔を出す予定だ。そのとき、状況を確かめてみよう。もし独立派が絡んでくるなら、条件を飲むかどうかは慎重に判断しなきゃな。」


 店内は相変わらず薄暗く、ウイグルの男たちの会話は続いている。ちらちらとこちらを窺う視線があるが、私とムハンマドが何者かまでは把握していないようだ。私は皿の上で冷えかけた羊肉を見つめながら、胸の奥が重くなるのを感じた。密輸だけでも危険なのに、独立派まで絡むとなれば、さらに複雑な政治の渦に巻き込まれるかもしれない。


 会計を済ませ、外へ出る。店の表側はまだ賑わっており、夜のカシュガルは華やかなネオンや人声で溢れている。親中派の若者がスマホで動画配信をしている様子が見え、中華系チェーン店から明るい音楽が流れてくる。まるで観光都市のような光景だ。


 一方、店の裏側では独立派の不満を抱える男たちが暗がりで語り合い、この街の「もう一つの姿」が静かに息づいている。その対比があまりにも露骨で、私は言葉を失う。肩から下がる鞄を抱えて立ち上がる。そこには、劉から受け取った金の封筒が入っている。いつ盗まれてもおかしくないという緊張感が、ずっと拭えない。


 真冬の突き刺す太陽を浴びながら、私は一度空を見上げた。ウイグルの快晴は、まるで天が皮肉を言っているかのようだった。くすんだ光が宙に漂っているだけだった。


「お前、工場の友人を信用できるのか?」

 私が最後に尋ねると、ムハンマドは少し考えてから答えた。

「昔は大丈夫だったが……状況は変わるもんだ。とにかく確認してみるしかない。」


 目的の化学工場は、荒涼とした郊外の一角に現れた。入口には古びた門扉と錆びた看板が立っている。看板には漢字とウイグル語で社名が書かれているが、ペンキが剥がれ落ち、判読できない部分もある。入り口から覗く。広大な空間が現れようと、そこに機械の賑やかさはない。塗炭トタンの鈍色と静けさ、そして微かな廃棄物の異臭が漂うのみだ。窓には暗幕のようなものが貼られ、一部は段ボールで塞がれている。防音と遮光を施したと聞いていたが、想像以上に「隠れ蓑」感が強い。


 我々が出くわしたのは、屈強とした体格を有した、強面のウイグル人だ。彼こそがムハンマドの言う「旧友」なのだろう。彼はムハンマドの姿を見るなり、一瞬驚いたような顔をして、それから苦笑した。

「……帰ってきたのか、お前。連絡なかったじゃないか。」

「悪いな、急で。お前の工場をまた使わせてもらいたくてね。紹介したい奴がいる。」

ムハンマドに手で示された私は会釈する。男は私を疑わしげに見るも、ムハンマドが事情を簡単に話すと納得した様子を見せる。

「ここは見ての通り、公安に閉鎖されてからずっと休業状態だ。正規の仕事じゃ食えないんだよ。ま、手っ取り早く稼ぎたいなら使ってくれ。」

男は皮肉気に笑う。語尾には疲労感と諦念がにじみ出ている。私は胸ポケットのあたりを軽く叩き、「大枠の投資計画」を持ってきた旨を匂わせた。男は興味を示して建屋の奥へ案内する。


 空っぽになっている工場の中央には、もうひとつ壁が聳え立つ。その向こうは澱んだ空間になっていた。壁から天井に至るまで分厚い遮音材で満たされ、照明すらもうつろだ。それによって照らされる部屋の隅には、工場労働者とは思えない男たちが固まっていた。まるで戦闘訓練でも受けたかのようだった。私が思わず身構えた時、男の一人がムハンマドを見て、ウイグル語で何かを言う。その瞬間、ムハンマドの表情が僅かに強張った。

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