『ペーパー・リリイ』 佐原ひかり
『ペーパー・リリイ』 佐原ひかり
野中杏は結婚詐欺師の叔父に養われている十七歳の高校二年生。夏休みのとある朝にアパートに突然やってきた詐欺の被害者キヨエとともに、叔父のため込んでいた五百万を元手に一週間限定の旅に出た。
「詐欺師のこども」として、三百万を騙し取られたキヨエに何かを返さねばという気持ちから始まったとっさの行動だったが、気が小さくて常識人なように見えて時々思い切った行動もするキヨエとの旅は、軍資金が五百万もあることでそれなりに快適に進む。道の駅を旅したり、道中の宿で一番い部屋に泊まったり、温泉に浸かったり、ヒッチハイクする怪しいババアを拾ったり、パチンコしたり、危ない目に遭ったり……等々の寄り道をしつつも、キヨエの運転する車で二人は名も無い田舎道をひた走る。目的地は幻の百合が咲くという谷間だ。
二人は無事に目的地にたどりつけるのか。この旅の終わりに二人が得たものは何か? といった塩梅の青春ロードノベル。
「夏休み」に、「初めて出会ったお互いによく知らない女と女」が、「後ろ暗い手段で手に入れた大金を元手」に、「鄙びた田舎の道を車で旅する」(しかも「幻の百合」の群生地が目的地)! この時点で既に勝ちが確定しているような小説。
語り手兼主人公である杏の一人称で進められるのもいいし、キヨエは常識人のわりに素っ頓狂な行動もとるし、道中で遭遇するトラブルもいいし、そんな二人がノリを合わせたり時々険悪になったりするのもいいし、百合とかシスターフッドとかロマンシスが好きな奴にはこたえられん小説だった。
映像化しても映えそうだし、数年後には旬の女優さん主演で映画化されてもなんら不思議ではない(安易に映画化してほしいかどうかは置いておくとして)。
好きなのは、美人で映画隙で結婚詐欺師をやっている叔父に育てられたことに負い目を感じている杏のキャラクターだった。
この「そこそこ若いイケメンだけど堅気ではない異性の身内」と二人暮らしの女子高生って、女性向けマンガや何かでは時々見かける気がするけれど、そういうキャラクターってありがちなファムファタル的な少女に描かれ勝ちである。杏も恵まれた容姿の持ち主で思い切りもあって、セックスへの抵抗感も無い方で……というベタなファムファタルっぽい要素を押さえつつ、「女を騙すことを生業にしている叔父を通してそういう風に育ったんじゃないか」と考えられる子でもあるし、そのお金で育てられていることに後ろめたさも覚えている。それはそれとして叔父とは結構気も合うし、そのお金がなければ生活できないのも事実だし、概ね楽しく生きて来られたし……という板挟みで動けなくなっている。その心情が従来のファムファタル少女モノ(今ノリで勝手に作った。昔の山田詠美っぽい世界のような、ああいうアレ)と大きく違っていて、新鮮で非常によかった。こういうのがもっと早くに読みたかったよ。
杏が「詐欺師のこども」としての自分に悩んでいるが、キヨエの方も「結婚詐欺の被害者女性(三十代)」という自分を内面化している。そんな二人が旅に出て何が変わるのか、或いは変わらなかったのか。しかしながら現状に鬱屈している主人公たちが旅に出て成長するのは、定番だけど、ありきたりすぎやしないか? という疑問にも意外な形でオチをつけられたのも読んでいて爽快感があった。
作者の方はエブリスタで開催された氷室冴子青春小説賞の大賞を受賞された方だそうだけど、あーそりゃあ受賞するなあ、自分も同時期にこの賞に投稿してたらバキバキに心折れてただろうなあ……と一発で理解させられるものがあった。やっぱ出るべき人はいずれ世の中に出るようになっているんですね。
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