『スタッフロール』 深緑野分
『スタッフロール』 深緑野分
第二次大戦後に生まれたマチルダは、子供のころから映画に惹かれ、特に特殊効果に魅せられる。成長するにつれて特殊造型技師を志すようになったマチルダは、家出同然でニューヨークに向かい、師の下で修業をし下積み生活を続ける。その後ハリウッドに拠点を移し、ホラー映画のモンスターやパニック映画の特殊効果などを請け負うようになるが、男社会のハリウッドでマチルダの仕事はなかなか正当な評価をされず、スタッフロールにもスタジオの名前が出るばかりの日が続く。一九八〇年代に入りSF映画のブームが続く中でもそれは変わらない中、ある日、ファンタジージュブナイル映画「レジェンド・オブ・ストレンジャー」に登場するモンスター「X」を造り終えた後に失踪してしまう。入れ替わるように映画の世界ではCGが台頭するようになり、造型技師の持つ技術や存在は時代遅れのものとなってゆく。
「レジェンド・オブ・ストレンジャー」は大ヒットし、Xは人気キャラクターになっていた。現代ではXを生みだした造型技師であり、大のCG嫌いだったと語られているマチルダの名は広く知られるようになっていたが、依然彼女は行方知れずのままだった。そんな状況下で「レジェンド・オブ・ストレンジャー」のリメイクが決定する。特殊効果を請け負うことになったロンドンのスタジオに勤める新進気鋭のCGクリエイター・ヴィヴィアン(ヴィヴ)は、Xを担当することになる。自身がXの大ファンでもあるだけに、CGでXを蘇らせるという大役を前にして葛藤する。
映画業界の年代記でもあり、女性二人のお仕事小説でもある。映画といっても一般向けの小説の中では取り上げられる印象の少ない、SFやホラー、ファンタジー映画の特殊効果を請け負っていた技術者の話でもある。丹念な取材によるものなのだろう、第二次大戦後から現代(二〇二〇年代後半)にかけての技術の進化やCGの台頭がもたらしたもの、ハリウッドで裏方として働く女性の立場、様々な背景を持つ人々が集まった現代のCGスタジオの作業の様子などが詳しく語られていて、単純に勉強になった。作者の方は映画が本当にお好きなのだろう。
言ってしまえば、映画なんてストーリーのついた映像にすぎない。それに魅せられた人々が様々な技術を生みだし、発展させてゆく。その裏側には多くの人々が関わっていて、二時間前後の映像にあの手この手で魔法をかけてゆく。
女性二人の半生を描くことでその技術の発展がポジティブに語られている物語でもある。その様子は、男社会で技術者の名前もスタッフロールに乗らなかったマチルダの現役時代の様子から、映画に関わったスタッフの名前を全員スタッフロールで流されることが当たり前になり、人種や性別のことなるクリエイターたちが一丸となって作品を作り上げるヴィヴの時代へと移り変わる様子と呼応しているように思える。
そこに「世の中は少しずつでもよくなっている」という願いや祈りのようなものを感じた。まともに向き合うと神経がやられることばかりが起きる昨今、このポジティブさは特にまばゆく感じられた。
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