『明日のあなたも愛してる』 ケイシー・マクストン  林啓恵 訳

『明日のあなたも愛してる』

 ケイシー・マクストン  林啓恵 訳


 二十三歳のオーガストは、大学編入のために故郷のルイジアナからニューヨークに到着する。行方不明になった叔父の情報を追い求めてばかりいる母から離れ、一風変わった人々とルームメイトになって住む場所も確保し、パンケーキ屋でのアルバイトも始める。自分は誰ともなじむことができないと思い込み、一人で生きる決意をしていたオーガストだが、大学へ向かう際に乗っていた地下鉄のQ系統で魅力的なアジア系女性ジューンと知り合いになり、恋におちる。オーガストがQ系統を利用するたびに二人は親しくなっていくが、ジューンはオーガストの部屋やバイト先には決して訪れようとはしない。それはジューンがQ系統になんらかの理由で閉じ込められており、何十年も車両の外へは出ることが叶わなくなっていたからだ。それでも二人は惹かれあい、デートを重ねる。

 ジューンの奇妙な境遇に対する考察を深めるオーガストは、ジューンが実は一九七〇年代に生きていたという事実をつきとめ、そして自分と深いかかわりがあることを知る。



 翻訳もののロマンス百合小説、というよりもクィアロマンス小説、レズビアンロマンス小説と呼んだ方が正確だろうか。女性同士の恋愛と同時にタイムスリップというちょっとした非日常要素があり、そしてヒロインは人間的に成長して様々な障害を乗り越えて愛する人と結ばれるという文句なしのハッピーエンドで終わる、非常に楽しい小説だった。本作で二見書房から刊行されている海外ロマンス小説を初めて読んだことになるが、ロマンス小説がかくも愛される理由がちょっとだけわかったような気がする。

 楽しいだけではなく、オーガストのルームメイトやバイト先に登場する脇役たちには同性愛者やトランスセクシャルなどクィアな人々や移民など様々なバックグラウンドを持つ人々が登場する。自分たちがもともといた家族やコミュニティと距離を置いている人々がつながりあい新しい関係を築く様子が、どんな人々でも受け入れるという大都市ニューヨークのある一面を描かれているところもまた哀しくも美しい。オーガストのバイト先のようなダイナーは現実のニューヨークにも存在してほしいものだ。

 地下鉄のQ系統上から離れられないという、奇妙な境遇に置かれているジューンの人生はアメリカのクィアな人々の活動の歴史とも重なっていて勉強にもなった。 

 オーガストと母親の問題、ジューンの謎、クィアな人々の運動の歴史、タイムスリップが起きた原因の解析とそこから問題を解決するための手段の立案や実行、そして愛する二人の恋の行方……といった要素を積み上げて一編のエンターテイメントを紡ぎあげる作者の構成力に唸るしかなかった(仲間たちと一緒にジューンを地下鉄から解放するためにわちゃわちゃ活動する所は、ちょっと「君の名は」を彷彿とさせるものがあった)。


 あと、音楽やポップカルチャー系の単語がポンポン出てくる会話も軽妙で楽しいし、ニューヨークの地名や風物が出てくるところも異国情緒が味わえてよい。

 つくづく素晴らしい小説だった……で締めてもいいんだけど、以下蛇足など。


 女性と女性が最初からお互いに恋愛対象だと認めあっていること、クィアの歴史や文化への敬意と尊重、いろんな背景を持つ人々が連帯しあう様子など、ポジティブな要素で固められた小説である。そこに、今ある世界を物語を通してより良いものにしたいという「物語の力」への願いのようなものを見る。それも込みで美しい物語だと思う。

 と同時に、本邦の百合ジャンルで欠けているものも本作に詰まっているな、と感じる。百合は作り手も受け手も主義主張がバラバラで統一見解が育ちえないジャンルのように感じることは多いのだが、ここ最近は「同性愛者だと自覚のある大人の女性が」「お互いにはっきりと恋愛感情を持ち」「片方が死んだりせずに恋愛を成就させ」「なおかつセクシャルマイノリティをとりまく現代社会に対して問題意識がある」という要素を満たした作品への需要が高まりつつあり、この点を抑えた作品には高い評価が得られやすい傾向がみられる(気がする)。

 なので現行の百合ジャンルの諸作品に不満がある人は本作を読んで参考にしてはいかがだろうか……と、そんな無粋なことを考えた次第。

 

 ちなみにこれを書いている奴も一応百合というか女と女の話を書いているが、本作のような小説はおそらく書けない。こういうのは上手い人が書けばいい。私はそれを読む側にまわり、自分は書きたいものを書く。

 できれば百合は、女と女のあらゆる関係を描いたものくらいの緩めの括りで、玉石混交状態を維持していてほしいものであるなぁ、本作に登場するニューヨークのように……(上手いことを言おうとしてみた)。

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