『グレイス・イヤー──少女たちの聖域』  キム・リゲット

『グレイス・イヤー──少女たちの聖域』

 キム・リゲット  堀江里美 訳


 ガーナー郡の女性たちには、十六歳になる年を迎えると深い森の中で自分たちだけで一年間キャンプをしなければならない「グレイス・イヤー」と呼ばれる通過儀礼がある。夫と結婚して子を産む前に、女性だけが持つとされる魔力をこのキャンプで体内から出し切るためにあるとされる儀式だが、毎年死傷者が多数出る上に生還した者の人格まで変えてしまうグレイスイヤーにティアニーは強い嫌悪感を覚えていた。それでもグレイス・イヤーを避けて通る術はなく、ティアニーは他の少女たちとともに旅立つ。

 一年間を皆と団結して乗り切ろうとするティアニーだが、反目する少女キルスティンの妨害や、魔力に目覚めたと信じる少女たちに翻弄され、一人キャンプを離れることになる。グレイスイヤーの少女たちの肉を狙う密猟者たちが身を潜める森の中で、たった一人サバイバルをするティアニーは無事に一年間生き延びることができるのか? 他の少女たちの運命は? そしてグレイス・イヤーの真実とは? 


 家父長制ディストピアで自由を尊ぶ少女がサバイバルをする、アメリカ発のYA小説。ネトフリでの映像化も決まっているらしい。


 突然だけど、アメリカ産の女子向けYA小説が好きだったりする。


 ティーンの読者が共感を覚えるような真っ当な倫理観と行動力を有する主人公、変わり者の親友、主人公に立ちはだかる意地悪娘(重要。取り巻きを二人くらい連れていてほしい)、イケてる彼氏(ヒロインと長い会話を繰り広げるシーンが絶対ある。多分、少女読者をキュンキュンさせる箇所として必須なんだろう)、ガールズパワー万歳なストーリー……等々、アメリカ産女子向けYAには大抵共通の味がある。定石にそいつつもエンターテイメント性に全振りした物語が楽しめるのもいい。世の流れなのか、本作のようにテーマにフェミニズムを掲げている作品が多いのも心強い。

 常に正しい事をいう主人公にわりと鼻白むし、ロマンスにはそんなに興味が無いので彼氏といちゃつくシーンだけはテンションが下がるけど、その辺もひっくるめて楽しいのだ。楽しいだけでなく、基本的にこのジャンルの小説は「弱い者いじめをするな」「多様性を受け入れろ」「女の子だってなんでもできる」というような間違ってない価値観に貫かれているので、元気を出したい時などに読むといい感じにテンションが上げられるのである(元気を出したくない時に読むのはおすすめしない)。

 そんなアメリカ産女子向けYA小説の美味しいところが本作にもぎゅうぎゅうに詰まっているので、非常に楽しんで読んだ。女性たちの分断を煽る家父長制を批判し連帯を呼びかける、まじめなテーマが表に出ている小説に対して申し訳ないくらい、それはもう楽しんで読んだ。

 女性たちにまともな人権がない本作の舞台ガーナー郡、肉が回春剤になると信じられているので常に命を狙われているグレイ・イヤーの少女たち、その少女たちを狩って生きたまま解体する森の中の密猟者、キャンプ地で少しずつ狂気に蝕まれてゆく少女の集団といった、グロテスク方面に突っ走ったイマジネーションも大変楽しかった。笑いごとじゃないんだけど、ところどころ笑ってしまった。


 とはいえガーナー郡は現代社会のカリカチュアだし、家父長制が当の男性をも救わない社会であることも指摘している点なども含めて真摯な小説であり、感想を雑に「楽しい」に纏めるのも気が引けてしまうのだった。


 ……でも楽しいんだよ……、絵に描いたような意地悪娘のキルスティンが本当に最高なんだよ……。この子が出てきただけでワクワクして止まりませんでしたよ。

 なお、ティアニーはイケメン密猟者のライカ―と恋に落ちたりするけど、そっち方面に関してはどうでもよいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る