『氷の城』  タリアイ・ヴェーソス

『氷の城』

 タリアイ・ヴェーソス

 朝田千惠 アンネ・ランデ・ペータス 訳


 ノルウェーの田舎町、十一歳の少女シスの通う学校に同じ年の少女ウンが転入する。二人は一目見た時から何かを感じあい、徐々に距離を縮め、シスがウンの家に遊びに行ったその日に親友となる。しかし次の日、ウンは森の奥にある滝が凍り付いて出来た氷の城に魅入られて迷い込み、そのまま行方不明になってしまう。遺されたシスは、ウンが再び帰ってくることを信じながらその冬を過ごす。


 ノルウェーの国民的作家、タリアイ・ヴェーソスの小説。初めて読む作家だし、そもそもノルウェーの小説を読むことそのものが初めてのような気もする。

 とにかく恐ろしいくらい美しい小説だった。


 子供が一人いなくなるという痛ましい事件が扱われているものの、書かれている事象そのものは名も無い小さな町の些細な出来事にすぎないし、ストーリーも強い絆で結ばれた片割れを失くした少女がその喪失から立ち直るまでを語ったにすぎない。使用されている言葉も素朴といっていいくらい平易なものだ。なのに読んでいると、北欧の自然や冬の冷たさ、そこで暮らしている少女の心の動きなどがとんでもないリアリティで迫ってくる。

 特に、ウンが自ら氷の城に迷い込んでしまうところがすごい。凍り付いた滝に魅入られて喜んで奥へ奥へ迷い込んでゆくウンの行動をみるとひたすら嫌な予感しかしないわけだけども、それと同時に氷の城に歓喜するウンの気持がつぶさに書かれているので、読んでいる方としては彼女に同調もしてしまう。嫌な予感と美しいものをみた歓喜が胸の中で一緒くたになるこのシーンは、本当に印象的だった。単純に氷の城の描写も非常に美しいんだよ。


 序盤のシスとウンが初めてお互いを結ぶ強い絆を実感するシーンも大変鮮烈で、時間にしたらそう長くも無い瞬間についてよくこれだけ書けるものだと嘆息するしかなかった(訳者解説によれば、著者は本作は同性愛を扱ったものではないと言ったらしいけど、ここまで書いておいて!? と大変びっくりした)。


 その国を代表するような作家の小説はさすがにすごいものだ……と圧倒されつつ読みながら、高すぎる描写力でグイグイ迫ってくる北欧の冬の冷気に凍えていたのだった。この本を読む際には暖かい部屋で温い飲み物でも用意した上で読んで欲しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る