『異常【アノマリー】』  エルヴェ・ル・テリエ

『異常【アノマリー】』

 エルヴェ・ル・テリエ  加藤かおり 訳


 ※本文では本作の詳しい展開に思い切り触れています。

 ※以前からこの感想文ではネタバレに配慮したりしなかったりが私の気分次第で適当に采配しておりましたが、本作は事前情報が少ない方が楽しめそうなので注意を促すことにしました。

 ※内容が気になる方には「とある飛行機の乗客や乗務員、その他世界中の人々がとんでもない異常事態に巻き込まれる大変面白い小説」とだけお伝えしておきます。



 二〇二一年の六月、大西洋上で酷い乱気流に巻き込まれたニューヨーク行のエールフランス006便は管制塔とのうんざりするようなやりとりの末に指定された滑走路に着陸する。しかしそこは空港ではなく軍の基地で、乗客や乗務員全員がそこに閉じ込められてしまう。というのも、エールフランス006便は約三カ月前の二〇二一年の三月に到着していたからだ。三カ月前に到着したものとガワから中身までそっくり同じ飛行機が大西洋上の乱気流の中から突如現れたという異常事態に、合衆国の政治家や軍人は混乱しながらも現場を取り仕切り、秘密裏に集められた科学者は仮説を立て、宗教家・哲学者は議論し、大統領はとりあえず威勢のよい言葉を吐く。

 そして、三か月分の経験の差しか違いが無い自分自身とそっくり同じ人間が地球上に二人いることになってしまうという異常事態に巻き込まれてしまった、エールフランス006便の機長と乗客(シングルマザー、建築家、殺し屋、作家、弁護士、ポップスター、役者の卵、幼い子供とその母親など)たちはそれぞれどのように対処したか。世界は彼らをどのように受け入れたか。

 といった事態を、無数にいる登場人物たちの視点からみた断片をつみあげて描いた群像劇。作者はウリポ(フランスにあるという文学者集団? 詳しいことはWikipediaさんにでもあたってください)のメンバーだそう。


 フランス人の書く小説はよく喋るなぁ、そして、イギリス人の書く小説とはまた違った意味で意地悪いくせに、人生を楽しく生きることにはやたら旺盛なのが面白いよなぁ……というイメージを最近漠然と抱いていたけれど、本作も大体そんな印象で読み終えた。とにかく圧倒的に面白い。ジャンルとしてはSFになるんだろうけれど、個々の人間ドラマにも、ラブストーリーやサスペンスやノワール、お洒落老人のしゃらくさい回想録としての読み応えがあるので、構えずに読んでもらいたい。断片的に語られる個々の物語が積み上げられたものを読むことから、全体を把握するのが大変楽しい読書であった。

 それにしても、これを書くにあたって作者の人は、小さなことから大きなことまで現代社会の諸問題に関心を維持しながらどれだけの資料にあたっていたんだろうな……と、書くまでの準備作業の量に思いを馳せてはただただ圧倒されるのだった。

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