『あの図書館の彼女たち』  ジャネット・スケスリン・チャールズ

『あの図書館の彼女たち』

 ジャネット・スケスリン・チャールズ  高山祥子 訳


 一九三九年のパリ、読書好きのオディールはアメリカ図書館の司書に採用された。志のある同僚や友人たち、個性豊かな登録者たちに囲まれて熱心に働くオディールだったが、時代は戦争に突き進みつつあった。そして一九四〇年、パリはナチスドイツの占領され、図書館も様々な制約を受け入れざるを得なくなる。物資が欠乏し、ナチスの監視が厳しくなる中、図書館員たちは利用が禁じられたユダヤ人たちに本を配達するサービスを始める……。

 一九八四年のアメリカ・モンタナ州に暮らす十二歳の少女リリーは、隣家で一人暮らしている〝戦争花嫁〟の老婦人オディールに関心を持ち彼女の家を訪ねる。オディールにフランス語を習うようになり、年の離れた友情を築く。しかし次第にリリーはオディールの過去が気になりだすのだった……。


 現在も実在するパリのアメリカ図書館が舞台の物語。登場人物の半分近くが実在し、実際に本書に出てきたようなサービスも行っていたらしい。気高く、勇気ある行いであることよなぁと思う。


 物語は、一九三九~四五年のオディールパートに、一九八四~八九年のリリーパートを適度に挟む構成で進む。どうしてフランス人で第二次世界大戦中にはパリにいたオディールが、一九八〇年代にはアメリカにいるのか。オディールのパートに登場する恋人のポールとは結婚せず、アメリカ人男性と結婚したのか。その謎は終盤で明かされるが、平時ならちょっとした諍いで済んでいたであろう友人関係のこじれが、戦争によって最悪な形で発露したことが原因だと明かされる。

 ナチス占領下のパリで虐げられていたユダヤ人の助けとなる活動をしていたオディールだが、ある面ではナチスの恩恵にあずかっていたことが後半になって露呈する。善行を積んでいると信じて(あるいはそれを盾にして)、人は醜い行為に進んで手を染めることもある。戦争は人を簡単にそういう状態へおいやってしまう。それがいかに怖ろしくて恥ずかしいものなのかがよく書かれていた。



 タイトルの「彼女たち」の中には男性の同僚や図書館の利用者も含まれているが、とりわけオディールと女友達や女性の図書館関係者との繋がりについて丹念に書かれている。オディールだけでなく、リリーも継母や親友との関係がポジティブに描かれている(印象深いのが、オディールの母と、心身が丈夫でない彼女の世話をやくことになった父の愛人との友情である)。

 世代や立場をこえた女友達の友情の在り方が随所に書かれているために、どちらかというと友情の物語として自分は読んだ。友情の物語、というとなんだか美しい連帯を描いたようでもあり、実際そういう場面もあるけれど、それと同じくらいに友情とはいかに脆くてふとしたことで壊れてしまうものかについても語られている(若い時のオディールがわりと視野が狭くて頑固で痛い目をみないと反省できない性格をしていることが、友情を頻繁に試されていた原因の一つでもあるように思う。まあ若いので仕方ない)。

 ただ、友情は脆く壊れやすいだけではないことも同時に描かれている。そこにアメリカの小説らしいポジティブさを見た思いがしたのだった。

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