『ナイトメア・アリー 悪夢小路』 ウィリアム・リンゼイ・グレシャム
『ナイトメア・アリー 悪夢小路』
ウィリアム・リンゼイ・グレシャム 矢口誠 訳
今年公開されていた映画の原作小説。
フリークショーの楽屋裏で、鶏や小動物を食いちぎってみせる芸人「獣人」の作り方を教える所から話が始まる所から不穏だし、見栄えのいい若手マジシャンのスタントン・カーライルがショービジネスで大成しようと野心を燃やしている所からすでに悪い予感しかしない。
ショーの先輩芸人のジーナから読心術(コールドリーディング)のやり方を学び、間接的に彼女の夫のピートを死に至らしめた所からもう不吉。ショーに出ていたイノセントな美人のモリ―と結婚し、二人で各地を回るうちに金や名声を求めるようになり、読心術を悪用したインチキ霊媒で荒稼ぎをするようになった頃には手遅れで、悪い精神科医のリリスにつけ入れられて大物実業家のグリンドルをカモに見定めたあとはもう転落しかない。あとはもう、延々さめない悪夢の中をさまようような、そんな心地にさせられるノワール小説。
とにかく面白いの一言で、特に結末がいい。
各章の頭を飾るタロットカードや、エピソードの合間合間に語られるスタントンのトラウマや、徐々に不安定になってゆくスタントンの心境を表すような乱れた文面などの演出も効果的で、読んでいるこちらも悪夢をみているような気にさせられる。
本作に登場するのは芸人たちで、披露されている読心術にしろ霊媒にしろタネも仕掛けもあるものしか出てこない。にも関わらず、人々は奇跡を求めてスタントンに縋って自ら騙されようとする。
スタントン自身も次第に欲深になり、同時にリリスに心の奥を暴かれて不安定になってゆく。
本作には本当の意味での超人も魔法使いも出てくることはない。不思議なことは一切おきてない。それでも、悪い魔法がかけられている現場に立ち会うような気持にさせられるところが、作中に出てくるフリークショーそのもののようで怖ろしくも魅力的な一冊だった。
ところで、本作を読みながら思い出したのがポール・ギャリコの『ほんものの魔法使』というファンタジー小説だったりする。
魔術師(といってもタネもしかけもあるマジックを披露するマジシャンの方)たちの国に、ある日、魔法使いを名乗る青年が訪れる。青年は魔術師たちの前で魔法を一つ披露するのだけど、魔術師たちはそれを全体未聞のマジックだと思いこむ。自分たちが見たものがほんものの魔法だと思いもしない魔術師たちは、魔法の種を暴こうと躍起になる──というような内容に淡いロマンスが乗ったような、洒脱な内容だった。
奇跡や魔法を信じたい人々の心を悪用する者の物語が『ナイトメア・アリー』だとしたら、奇跡や魔法を信じる心を失った人々の前で「魔法はある」と語り掛ける者の物語が『ほんものの魔法使』。きれいに表裏一体の関係になっているなぁ、と感心していたのだった。読み心地もほとんど正反対ですしね。
ある本を読んでいて一見つながりのない別の本のことを思い出すのって、本を読む楽しみの一つでもありますね……。
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