『亜ノ国へ 水と竜の娘たち』 柏葉幸子

『亜ノ国へ 水と竜の娘たち』 柏葉幸子


 何かしらの問題を抱えている主人公が、それまでいたのとは別の世界を旅し、問題を解決したり使命を果たしたりするなどしてから故郷へと帰還する。帰ってきた主人公は、旅立つ前より成長している……という型式はの物語は数多くある。

 こういう類型を「行きて帰りし物語」と呼ぶらしいのだが、詳しいことなどはファンタジーの専門家に聞くなりGoogle先生に尋ねるなどしていただきたい。

 家庭や人間関係、その他諸々に関する悩みを抱えていた子供がひょんなことから異世界へ迷い込み、冒険を通じてひとまわり成長してから現実世界へ帰還する。こういう物語は昔から小説だけではなく漫画やアニメ、ゲームでも沢山生み出されており名作の数も多いことなどは、今更言うべきことでもないだろう。


 それでもやっぱり、ひょんなことから異世界へ迷い込む主人公が「不妊治療の最中に夫が浮気相手との間に子供を作ったことが原因で離婚し、実家に身を寄せているアラフォー女性」となると驚いてしまう。書いた人がファンタジー児童文学で有名な方だったりすると、驚きも倍増する(そういえば作者の別作品を原案にしたというアニメ「千と千尋の神隠し」も完全にゆきてかえりし物語ですね)。



 中年女性、それもかなりしんどい過去を有するらしい主人公が異世界へ迷い込むファンタジーとは? という興味から読んでみたのがこの小説である(たくさん読んではいないけれど、作者の作品の魔法描写が好きだからというのもあるけれど)。



 愛した異性と結婚してその結果に子供を授かる、恋愛や血のつながりで構成された愛の形を得られなかったことに打ちひしがれつつも、とらわれたいたままでいる主人公が異世界へ迷い込む。

 主人公は、母親の執念のために試練を課せられた六歳の少女の乳母になる。乳母として生活するうちに主人公は少女に保護者としての強い愛情を募らせてゆく。やがて試練の競争相手陣営からの妨害から少女を護ろうと決意する。

 強い魔法を使う者たちがいる世界で過ごすうち、今まで受け入れていた「愛情の形」を疑うようになる。そして、主人公は自分自身にとっての愛情を見つけだす。──そういう物語として読んだけど、こうしてまとめると良さがあまり伝わらないですね。


 主人公の状況からか、母娘関係や親子の愛情に関する言及が多いけど、異性愛や同性愛など色々な形の愛のエピソードが散りばめられている。一見ロマンティックなエピソードの醜悪さが暴かれ、不道徳とされている関係の真実が明かされている。その辺がしっかり大人向けである。


 実は読んでいる最中、主人公の一人称で「○○なのは母親だから」「あんな人でもやはり母親なのだ」という言い回しが頻出するのが少ししんどかったのだが、主人公は固定観念に取り憑かれているが故に苦しんでいる人物なのだった。そんな人物が語ることは額面通りに受け取るのではなく疑った方がよいのではないか、信頼できない語り手として……と考え出すととまらなくなってくるのだった。

 一読しただけでは奥行きの深さに気付けない、一筋縄でいかない小説であるように思う。


 他にも、中年女性が主人公で児童文学ベースの「ゆきてかえりし物語」ができるんだ! と盲を開かれるなどした小説でした。そりゃそうだよなあ、ここではないどこかへ行く物語は人類皆に必要ですよ。


 後回しになったけど、ものすごく濃い女子と女子の愛憎関係が出てくるので百合好きの方は読まれるとよいと思われます。

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