『感応グラン=ギニョル』 空木春宵

『感応グラン=ギニョル』 空木春宵


 関東大震災から立ち直った東京の浅草に小屋を構える欠損を抱えた少女たちの劇団、児童に実害をもたらす小児性愛者を捕まえる餌として作られたAI、吉谷信子の少女小説を思わせる戦中の女学校、恋をすると女は蛇に男は蛙に変身してしまう世界、狂った規律が支配して探偵や義賊が闊歩する浅草が舞台のスチームパンク等、懐古趣味や衒学趣味を取り入れたSF短編集。

 ミステリ的な要素も含む作品もあるので、内容については詳しく触れない方がいいかもしれない。


 ほとんどの作品に、自分の容姿が醜いことや異端であることに苦悩し、そんな自分を蔑み憐れむ世の中に対して怒りを露わにする少女達が登場する。

 とにかく皆、自分を取り巻く環境や貶める者たちに対して怒っている。妥協して生きていた者たちも最終的には怒ることで自身を取り戻す。

 江戸川乱歩や吉谷信子、猥雑な浅草に少女たちの集う女学校といった(貶すような言葉を使ってしまいますが)文学少女好みな世界で装飾されたような趣味性の高い耽美主義的小説で終わることなくとにかく芯が太くて重い。殴りつける拳の一発一発に腰が入っているかのようである。


 見世物小屋や江戸川乱歩といったレトロ猟奇趣味と大人に見せ物にされるしかない少女の登場する小説だと大槻ケンヂの「くるぐる使い」を連想したりするのだが、表題作はそのアンサーであるように思えて興味深い。

 エモーショナルさに振り切った「くるぐる使い」はどぎつくて残酷な御伽噺としての価値はあるけども、あの物語に登場する少女にしてみれば「ふざけんな」「悪党なら最後まで悪党の顔をしてろ」という話でしかないという側面もある。

 虐待を加えた上に手前勝手な感情で先走って間接的に殺して癖に、手をかけた相手から愛されていたのだと解釈してさめざめと泣く大人に対し、等の少女が怒りや嫌悪を形にしたらこういう物語ができあがりそうだな、と思いながら読んでいた(とはいえ身勝手で呆れる要素があるにしても今でも結構好きな短編です、「くるぐる使い」。twitterで時々回ってくる「イケメンのヤンデレ青年が虐待されている等孤独で可哀想な少女を拉致監禁し、なぜかそのままなし崩しに同棲して二人だけの幸せに酔いながら暮らす」等といったマンガに共通する十代女子好みの不健康不健全コンテンツに共通するような味があります)。



 表題作以外にも出てくる少女達がそれぞれ孤高で誇り高く、偏屈で心が狭くて可愛げがない。だから憐れみ愛玩するとみせかけて利用してくる相手には、しっかり怒りを表明して可能ならば相応に報復する。

 そういう自立した有様には、2000年前後に刊行された高原英理の『少女領域』という評論を読んだ記憶が刺激されて、もう一度読み返したくなったのだった。どこかで復刊してくれないものか。つうかあの本が出てもう二十年近く経つって何さ?


 ネームドキャラクターは(一部例外があるものの)少女と大人の女性のみという作品が多いせいか、百合要素が強いものが多い。それも自我が強くて馴れ合うことが得意じゃない少女が多くを占めるせいか、殺伐とした関係の者達もいる。そんなわけで、殺伐百合SF短編集としておすすめしたい一冊でもあった。


 一番好きなのは「地獄を縫い取る」で、性犯罪者を捕まえるという大義名分の元に同性から同性へ性虐待を行う者の欺瞞性を暴く流れが今の気分に非常にしっくりきた。センスオブジェンダーってこういうことじゃないかと思う、知らんけど。

 銃後の世の中を舞台に存在する謎めいた女学園で戦前の少女小説を模したような学園生活を送る少女達の関係と、学園が何のために存在するのかを語った「徒花物語」も良かった。……ところで、太平洋戦争末期を思わせる世界の銃後を生きる少女たちの百合SFって最近多くないだろうか? そんな気がするだけだろうか。嫌いではない、というか大好物なのでいくらあっても構わないけど。



 ・あらすじ……

 関東大震災で焼け尽くされたものの往時の賑わいが戻った浅草に劇団『浅草グラン=ギニョル』があった。団員は体の一部が欠けている、もしくは著しく傷ついている少女たちだけなのに、団長が新しく連れてきたのは四肢の揃った美しい少女だった。無花果と名付けられた少女には他人の心を感得し投射する能力があり、代わりに自我が希薄なようで言われたことをただ受け入れる。最初は敵愾心を抱いていたような団員たちも、何もしなければ害はない無花果の存在に慣れ、稀有な能力を演技に活用する術を見出す。そして中には自分の秘めた楽しみのために利用する者も現れる。

 虐待によって生じた傷を持つ劇団員の千草は、真夜中に無花果を連れ出して仲間達が隠している秘密を覗き見ていた。そうして暗い悦びを覚えていることが思わぬ事件で皆に明かされるが、無花果の利用法を知った少女たちは互いの秘密を覗き合って共有し、記憶や人格が次第に溶け合うようになる。

 おりしも無花果の能力を利用した演出が評判を呼び観客も増え出した頃、公演の最中に異変が訪れる。そこから惨劇が起きるまではあっという間だった──(「感応グラン=ギニョル」)、他四編を収録したSF短編集。

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