『クレイジー・フォー・ラビット』 奥田亜希子

『クレイジー・フォー・ラビット』 奥田亜希子


 お察しかどうかは分からないが、自分は女子と女子の関係に重きを置かれている作品を非常に好む者である。

 二人、もしくはそれ以上の女子を結びつける関係は恋愛であってもなくてもいい……とは言ってみたものの、恋愛に対して関心を持ちづらい方なので、読んでみたい欲が刺激されるのは恋愛じゃない関係を書いたものである(恋愛や性愛で結びつく女子と女子が嫌いなわけではない。優先順位が若干おちるだけで好きは好きだし読みたくなれば読む)。

 ポジティブな友情でもいいし、息の合ったバディでもいい。連帯を謳うシスターフッドがテーマのものを読めばテンションが上がる。世界に対して背を向ける共依存も好きだし、どうしてもソリが合わなくて角突き合わせるといつもいつもケンカに発展する関係も安心する。目の前の相手を自分の手で消し去らなければ気が済まない二人が最後に向かい合うというシチュエーションには惹かれるし、加害によって片方に心に消えない傷を刻み込むような背徳的なものも現実にやられるとたまったものではないがフィクションとしては馴染むむのがある。

 とにかく、代替が効かず永続的な女子と女子概念が異様に好きなのである。


 この種の創作物が好むようになった経緯はいくつかあるが、「女子と女子の関係は軽く見られがちだから」という理由は結構大きい。

 いくらかマシになりつつはあるけれど、メディア等はまだまだ女の友情は儚さや陰湿さをあげつらいがちだし、女子アナと女芸人を対立させるのは未だにテレビのバラエティでは鉄板だったりする。女性同士の関係に価値を見出さない女の人も少なく無い。

 そういう空気がどうにもこうにも子供のころから居心地が悪かったのだ。女子の友達がいてくれたからこそ救われたことも多々あった自分の肌感覚とも一致せず、自然に「そんなことない!」と言い切るものを好むようになった、こんな経緯があるのだ。

 そもそも、「陰湿で儚い関係の何が悪い!」と反論したい気持ちがある。

 ままならないことや理不尽な人に対するグチやネガティブな感情を吐きあえる仲や、同じ学校やクラスにいる間だけ仲良くする関係は、本当にくだらないものなのか(まあ、悪口陰口でのみ繋がるのはどう考えても健全とは言えないのでエスカレートさせない、内うちの話は外に出さない等ルールやマナーは徹底した方がいいとは思いますが)。

 少女時代の友人と大人になってもずっと仲がよいままでいられたら、それはとても素晴らしい。

 しかし生きている以上、それぞれの価値観にズレが生じて当然である。それが原因で疎遠になるのも、まあ自然現象の一種といえよう。そもそも現代社会なんて、よほどの強い意志と不断の努力がない限り永続的な関係を持続できる仕組みにはなってないのだ。異性間の結婚だけ、ある程度保障してくれるケチっぷりである。

 そんな中で、やれ儚いだのやれ陰湿だのと嗤う行為に反論するのも共感するのも、「そんなことないよ!」と生真面目に反論するのも、全てなんだか違う気がしてしまうのであった。


 なんにせよ、フィクションの中にあるような永続的な関係を築きえなかったことで軽んじられる謂れはない。

 大切なのは、その時その時の関係を大切にしてきたことや、どんなに細い絆になっても大切な人との関係を自ら断たずに繋ぎ続ける心構えの方ではないだろうか。



 ──と、感想にかこつけて自分の考えめいたものをぶちまけてしまった。恥ずかしい。



 本作は、人が嘘を吐く時に発する臭いを嗅ぎ取ってしまえる愛衣を主人公に据えた、連作短編である。1995年に12歳の小学六年生だった愛衣が幼稚園に通う娘の母親になる2018年まで、節目節目に知り合った友人や忘れられない人々とのささやかなドラマにスポットをあてたものだ。


 他人の吐いた嘘が分かることに負担に感じることはあっても、愛衣はとりたてて特別な女性ではない。友人関係に酷く傷ついたり反対に傷つけたり、高校時代に夜遊びをするようなことがあっても、客観的にみれば波乱の少ない穏やかな人生に恵まれた人物である(ご時勢を鑑みると、平凡で波乱の少ない人生を歩めたことがそもそも幸運なのだという話になってしまうかもしれないが、そこを突くと話が進まなくなるので)。


 当事者にとっては一大事でも、他人にとってはとるに足らない出来事で構成された本作を読んでいると、じわじわと嬉しさが滲み出てくるので驚いた。23年間の世相ネタや空気が懐かしかったのもあるが、嘘の匂いに悩まされて「本当の友達」を欲しがっていた愛衣が、成長するにつれて臭いが気にならなくなり「その場限りの関係だって友情には違いなく、くだらないものではない」と受け入れる姿に、何かしら救われるものを感じたからかもしれない。多分それが、友達関係に悩むことが多かった十代前半頃に一番ほしかった言葉だったからではないか……と、ちょっと感情が出過ぎて恥ずかしくなったのでこの辺で切り上げておきます。


 しみじみと良い小説集でした(読んでいて「少女革命ウテナ」のオープニング「輪舞─revolution」を思い出していました。アニソン史に残る名曲ですね)。



 ・あらすじ……

 他人が嘘を口にするときに体からにじみ出る臭いに敏感な愛衣を主人公にした連作短編。

 1995年に小学六年生だった愛衣は、クラス替えによってそれまで仲の良かった親友二人と段々話がかみ合わなくなり、自分には内緒で二人だけで会っていたようなことに傷ついていたような少女の友情観や思考が、成長に伴い少しずつ変化してゆく様を描く。

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