日本語で書かれた小説(純文学、一般文芸、SFその他)

『なめらかな世界と、その敵』 伴名練

 伴名練 『なめらかな世界と、その敵』


※読み終わってしばらく感想文を書きあぐねている間に、気付けば半月ほど経過してしまいました。せめて2021年度中には形にしておこうと、読んだ直後のメモをもとにまとめました。


 端正な短編やアンソロジストとして近年活躍目覚ましい著者のSF中短編集。

 百合SFの書き手としても注目されている(のかハヤカワがそのようにプロモーションされているが故の結果なのか)ので、本作も女子と女子間の強い関係性を主軸に置いたものが多い。

 当たり前のように平行世界を感知する感覚を持ち人類の殆どが自分にとって最適な世界をその中から選び取って生きている社会と、ごく普通の高校生の女子がなぜか自分に距離を置く元親友との関係を描いた表題作からしてまずそうだった。青春系の百合として瑞々しくてよかったと思う。


 形式に工夫がある小説が好きなこともあり、日本のSFは1900年代の少女雑誌の文芸欄とその常連だった同じ女学校に籍を置く三人の少女達から開花したという架空の文学史を論文形式で語る「ゼロ年代の臨界点」や、不思議な能力を軍部に目をつけられる姉と姉のことを次第に恐れるようになる妹の関係を書簡体で語った「ホーリーアイアンメイデン」の二作が内容も込みで好みである。特に後者は、昭和初期を生きた女性の手により、軍も関係する怪奇な出来事が語られるという形式なので夢野久作っぽいようないい具合のいかがわしさも感じられてかなりよかった。


 とはいえやっぱり、修学旅行中のクラスメイトたちを乗せた新幹線だけが極端に遅い時間の流れにとらわれるという不思議な事象を修学旅行を欠席したのでたまたま難を逃れた少年から語った「ひかりより速く、ゆるやかに」が、ボリュームがあった分印象深い。

 何千年だったか何万年だか、途方もない時間をかけて目的に停車する新幹線の中に家族を囚われた人々の行動や、それを面白がってフィクションのネタにしてしまう人々といったパニックもののような描写と、挟まれる文明崩壊後の世界の挿話、新幹線の中にいる少女に対して強い感情を持つ少年の苦悩や後悔などから見られる青春もの要素を絡めつつ綺麗にラストまで運ぶ手腕にただただ唸らされた。小説が上手いというのはこういうことなんだろう。

 ……でも一番びっくりしたのは、序盤で「なんだよ、一人称が僕で内向的な少年目線のボーイミーツガールものか。この方そういうのも書くんだ」というかなりガッカリめの予測をいい意味で裏切ってくれた所ですね。裏切られすぎて「そこまでやれとは言ってない」と言いたくなりましたが。


 ラストの近くでとある人物が少年に向かって吐く台詞が好きなのですがネタバレになりますし、先の「そこまでやれとは……」になった箇所とともに伏せておきます。

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