『オルガスマシン』  イアン・ワトスン

『オルガスマシン』

 イアン・ワトスン  大島豊 訳



 養殖真珠を作るように、顧客の好みに合わせて造られた人造少女たち(主に男性の性生活を充足する目的で生み出される)が、無垢な状態で出荷される。そして、男尊女卑が徹底している社会でモノとして扱われる地獄を味わい、怒り、暴力でもって自分達を虐げた男性社会に対して反撃の狼煙をあげる。

 果たして彼女らの革命は成功するのか──というストーリーの縦軸に、身体を改造された少女たちが買われた先で様々な責を受けるというSMめいたグロいセックスファンタジーや、少女たちの思考をつなげるネットワークなどのSF設定が差し込まれているという、美味しいものでできているとしか思えない小説。セックスファンタジー部分は『家畜人ヤプー』が怖くて読めない人間にはちょっとしんどかったが。

 多分、「顧客の理想通りにカスタムされた少女」という題材だと90年代から現在にいたるアニメやゲームの方がよっぽど過激だろうし、執筆時にはインモラルで挑戦的であったのだろう箇所も2022年現在ではある種見慣れたものになっているけれど、そのおかげで楽しみやすくなっているようにも感じた。



 元々は60年代後半に日本にいた著者がミキモト真珠島を訪れた経験や横尾忠則の絵画などをもとに書き上げた小説だったのだけれど、出版の条件が折り合わなかったり出版社の社長が破産するといった不運や、内容の過激さから腰のひけた版元に出版を断られるといった憂き目にあい続けた曰く付きの小説らしい。

 お陰でイギリス人の著者が英語で書いた小説であるにもかかわらず、英米の版元から刊行されたのはフランス語版→日本語版を経てからだというのだから驚くやら呆れるやらである。しかも英語版の刊行は今世紀に入ってのことらしい。

 出版話が出てくるたびに著者は手を入れたようだけど、基本のストーリーは初稿から大きな変化はなさそうである。

 ということは、極端な男尊女卑思想が浸透したディストピアでモノ化されている女達の話が『侍女の物語』に先行する形で存在した可能性もあったわけである。そんなことをつらつら考えると、「ある編集者は、自分としては喜んでこの本を出したい、しかしもし出せば、全米婦人協会に八つ裂きにされるだろうと応えた。また別の編集者は密かに、自分としてはこの小説を出版したくて仕方がない、しかし妻(有名なSF作家)が許してくれないだろうとうちあけた。」ってあとがきで語られる日和った編集者たちのバカバカ! とでも言ってやりたくなる。特に後者は妻が許すか許さないかも確かめてなさそうだから始末に悪い。


 そもそも著者自身が「エロティックな風刺小説」「破壊的なハードコア・ウーマン・リブ小説」として書いた小説である。ウーマン・リブである。性的なものを含む暴力シーンが目白押しなので人を選びそうだけど、2022年現在の感覚だと面白さとグロさお政治的な正しさが奇跡のバランスを保ってる痛快娯楽小説のように読める(作者は「政治的に正しい」って言葉をあんまり喜びそうになさそうな人ですが)。

 かなり明確なシスターフッド小説だし、殺伐百合要素もあるし、どちらかといえば女性に支持されそうな小説のように思えた。

『侍女の物語』がよくてこちらがダメだった理由はなんだったのか、作者の性別だけなんじゃないだろうか? どうしてもそんな風に考えてしまうのだった(『侍女の物語』も大変面白い小説でした。こういう趣向の小説はどれだけあってもよいという主義なので、フランスや日本の酔狂な編集者がいなければ読む機会などなかったかと思うと恐ろしい)。

 しばらく前にとある作家さんが「『侍女の物語』を書いたのが男性だったら女性を搾取するポルノ小説として語られていたことだろう」みたいなことを語っていて、え〜そんなことはないのでは……? と疑ってしまったけれど、思わぬ所で己の見識の甘さみたいなものを突きつけられたように思ったのでした。


 それにしても、70年前後にこの小説の初稿を書き上げたのってかなりすごいのでは……? 特にキャシィという登場人物へ「また讃えよ」って言える感覚は当時からしてはかなり稀ではないだろうか。この作者の他の小説も読んでみたくなったけど、手に入るのはアンソロジー収録作くらいしかなくて残念です。


 ・あらすじ……

 とある島で顧客のリクエストに沿って創造された人造の少女であるカスタムメイド・ガールたち。巨大な青い目を持つジェイド、六つの乳房と顎に一つの乳首を持ち喋ることができないハナ、猫娘のマリ、胸にタバコを仕舞える引き出しを持つキャシィたちは主人に仕えることを教育されながら医療棟で暮らしていた。そして規定通り、客に購入されるために島から出てゆく。

 各々の主人のもとでモノとして扱われるカスタムメイド・ガールたちはそれぞれ地獄を味わうが、あるものは逃げ出した所を囚われ、あるものは逃げ出して似たような境遇の女達と革命を志し、あるものは虐待に心を壊されて諾々としたがうだけになり、あるものは自分は強い主人に必要とされる特別な存在であると自惚れる。

 カスタムメイド・ガールたちは自分達を作り出した男性社会に反旗を翻すが、その革命は果たして成功するのか。

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