『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』 サニー・ルーニー

『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』

 サリー・ルーニー、 山崎まどか 訳



 ダブリンの名門大学に籍を置く二十一歳の女子が年上の既婚者男性と出合い、互いに惹かれあうもののそう簡単にゆくはずがない恋愛の過程を、かつて恋人同士だったこともある同性の親友との関係の変化やままならない現実に直面せずにはいられなくなる青年期の懊悩、二人の周辺人物たちが繰り広げるやりとりを交えながら語る、ミレニアル世代の青春とほろ苦いロマンスを扱った小説。


 作中の期間は五月の後半からその年のクリスマスまでなので、約半年間の物語である。そのわずかな期間に、主人公のフランシスはじめ登場人物たちはやたらと濃い人生の一時期をすごしている(登場人物によってはそれ以前からしんどい時期をすごしている)。

 二十歳前後のころって否応なくそれまでの思い込みを覆されたりするものだろうが、それにしたって人生観を修正する必要があるイベントがこの時期に集中するとは……と読了してからしばらくたった今現在、しみじみ思い返している。

 主人公のフランシスはもともと文才があり、親友のボビーとポエトリーリーディングを行うなど活発に活動している。学生でありながら文芸エージェンシーのアシスタントとしても働いていて、上司に目をかけられているという自覚もある。裕福ではないが生活に困ったことは無く、白人として当たり前のように快適な生活や高い教育を受ける権利を有する側にいることにうしろめたさを感じるからか、資本主義には批判的で政治や経済には活発に意見する。

 自分が生活するのに必要なだけのお金だけがあればいい。高給を得る為の職を求めるなんてことは自分にはできそうにない……と考えていた女子が、既婚者男性との恋に落ちるというそう珍しくもない事態におちいる(本人にも自覚がある)。ただでさえ前途多難なロマンスにからめられたのとほぼ同時期に、やっかいな病気の発覚、経済危機、家族の失踪、友人を怒らせたことに端を発する一次的な不和などあらゆる面倒なイベントが怒涛のように押し寄せてくるのである。めんどくさそうな恋愛をしてるだけでも大概なのに、なぜこうも一気にトラブルが押し寄せてくるのか? ちょっとは分散してあげてほしい。

 小説の後半でフランシスは精神的にかなり追い詰められてしまうのももっともな話である。フィクションだからいいようなものの(フィクションだからこの時期に集中したというのが正解だろうが、その辺はおいておくとして)。



 現実をどこか甘く見ていた若者が様々な出来事によってやや堅実な方向に考えを改めるという筋書きの物語を好んで見たり読んだりしないので断言はできないが、その種のストーリーは青春を扱ったフィクション定石なのだろう。古いタイプのものだと、熱く理想や夢を語っていた青年が現実よりに考えを改めることは「挫折」「敗北」「堕落」という風に語られ勝ちだけど、その種の筋立てをなぞりながらそちらへ結末を運ばなかったのがこの小説の新しいところかもしれない。

 資本主義に欠陥があろうが批判をしようが、お金がないという状態はただただ辛い。学費も生活費もないという状況は人を簡単に追い詰める。ものを考えるにも理想を語るにも余裕は必要だし、そのために働くのは恥ずかしいことではない。そう語っているような終盤の展開は、大人になることを肯定するようなニュアンスが感じられて好ましいものだった。

 作中でフランシスが雑誌社に売った小説が原因でボビーとの関係が悪化した後に、自分たちにあった形で関係を修復したあたりにも良さを感じた。


 なので、不安は全て解消されたわけではないけれど人生の仕切り直しができてよかったね、と完全に読み終わる体勢に入っていた為、最後の最後の展開で目を見開く羽目になったのだった。

 え~、そっち行くの? ええ~あり得んわって本当に声にだしかけましたよ。



 こういう書き方をする、年上の既婚者男性と女子大生のロマンスをメインにあつかっているという小説である以上どういうラストなのかほぼネタをバラしてるような気がするが、構わずに続けることにする。構う人はここ以降の文章を読み飛ばしてやってください。



 フランシスと恋におちるニックという男性、旬は過ぎていて売れているとは言い難いけれど熱心なファンが要る程度には容姿が優れている。服のセンスもいいし、教養もあるのか少々キツめのジョークにも対応ができる。そもそも富裕層の出身らしく家具や持ち物を当たり前のように使うし、名の知られたライターの妻がいるにしても売れない俳優にしては余裕のある生活をしているように見える。それになにより、自分より年下の女の子相手にも嵩のかかった態度には出ることはなく、意志もきちんと確認してくれる(ついでにいうと自主的に避妊もする)。妻のメリッサも愛人のような存在をつくることがあり、それをお互い黙認しつつ家族としてよい関係を築いているようでもある。

 あらゆる意味でハイスペックな上に好条件で、ちょっとつきあってみる程度なら申し分のないような相手にみえるニックだが、関係が長じるにつれて実は相応に闇を抱えている人物だということがわかってくる。

 年下の女の子の意見に耳を傾けるのは、意志を尊重しているのではなく決断を相手にゆだねているだけ。お互い浮気相手がいても離婚をする決断が無いのは、自分が精神的に病んでいた時にかなりの負担をかけたメリッサへの配慮の意味もある。自分への愛情に乏しく鼻持ちならない富裕層の一人だった自分の親を嫌っているのに、親の属する階級の恩恵によりかかった生き方をしている等など。優しくて傷つきやすくて何よりずるいという弱点が目につくようになる頃にはもう、関係も感情も引き返せないところまで進んでしまっている。

 ずるいなぁ、こいつ、ずるいなぁ~。事情があるにしてもコイツずるいなぁ~……と後半はそんな気持で読み進めていたから、フランシスがこの関係を清算した時には素直に安堵したんですよ。

 まあ色々あったけど、あんたには親友のような恋人のような存在がいるし母親との仲もそれなりに良好だし、エージェントに認められるだけの文才もあるみたいだしこれからがんばりなという気持でいたので、ラストにはもうびっくりだよ。ヨリをもどすのかよ。ええ~……。クリスマスだからって、ええ~……。


 正直かなり唖然としたけれど、青春期の恋愛というものは馬鹿だとわかっていても馬鹿な道を選んでしまうものなのかもしれず、そもそも恋愛について云々できるほど含蓄と興味があるわけでもなく、恋愛小説も久しく読んでない人間には「そうか……」で受け入れざるを得ないのだった。そういうものなのだろう、きっと。


 馬鹿だと分かっていても馬鹿な道を選んでしまうといえば、フランシスとボビーがメリッサとニック夫妻のフランスのバカンス先へわざわざ訪れたことがまさにそれであろう。

 ボビーがメリッサに声をかけられたのが切っ掛け、それに夫妻の友人たちもいる、現役の売れっ子ライターと縁を結ぶのも悪くは無いという言い訳が成り立つという状況であはるけれど、なんでわざわざ好きな人が妻と一緒に過ごしている所に行く!? 悪い事言わないからやめとけとしか言えない状況に自ら飛び込んでゆく。そして案の定、フランスのバカンス先の空気をひたすら緊張させまくるという地獄を一つ二つ生み出す結果になる。

 言わんこっちゃないの一言しかないけれど、わかっていて敢えてその道を選ぶしかないこともきっとあるのでしょう、おそらく(ひょっとしたら、ものを書く人間としての習性がそう決断させたのも大きいのかもしれない)。

 しかし登場人物たちにとっては地獄な箇所ほど読んでいる方にとっては面白いこともあり、友人関係として収まっていたフランシスとボビーの距離が再び縮まるシーンがよかったこともあって全体的にフランスの出来事は好きな件だった。



 久しく読んでいないジャンルの小説だったこともあって、どういう感想文にしたらいいのか考えあぐねながら書いた結果がこれである。情け無い。

 あまり触れられなかったけれど、情熱的で欺瞞が嫌いで議論を厭わない性格であるためトラブルメーカーな一面もあるけれど反対に繊細な一面もある、ボビーというキャラクターが好きでしたね。英語圏のフィクションによく出てくるアクティビストな女性キャラクター、国産フィクションではなかなか見られないので惹かれがちなのです。ストーリーの役回り的に損を強いられてるような面も感じてしまい、自分の中で贔屓し勝ちです。

 夫に不倫される側のメリッサも、フランシスの前ではダメージを負った姿を見せないように気を使ったり、読み手に圧をかけることには成功している長文メールをフランシス相手に送ったり、決してやられっぱなしではない所に人間味が感じられて好きでしたね。

 ディティールが細かく、住まいの様子や街並みの気配が感じられる箇所も良かったですね。映像にすると映えそうです。




 ・あらすじ

 フランシスはダブリンの名門大学に籍をおく21才。文才があり、大学に通いながら文芸エージェンシーに籍を置いてアシスタントのような仕事もこなしつつ詩や小説を発表している。資本主義を批判し、ただ賃金を稼ぐための仕事にはどうしても興味が持てない。両親は既に離婚済みで、離れた場所で暮らしている母親との仲は良好だがアルコール依存症でDV癖のあった父との関係はいいとは言えない。ボビーという高校時代からの親友とは今でも仲がよく、しばしば一緒にポエトリーリーディングのイベントを行っている。裕福だが冷え切った家庭出身で優れた容姿を持ち、中学時代から政治に関する持論を語り過激なパフォーマンスを繰り広げるなど華やかな存在だったボビーとは高校時代に仲良くなり、かつては恋人同士だったこともあるが現在は親友という関係に落ち着いている。

 五月の後半に行われた詩のイベントに、エッセイストとしても知られる有名なジャーナリストのメリッサが訪れる。二人のパフォーマンスが気に入ったらしいメリッサは、夫と暮らしている家に二人を連れてゆく。豊かでセンスの良い家にはメリッサの夫のニックがいて、二人はそこで出会う。

 ボビーはメリッサに好意を抱いたようで繋がりを持つようになるが、フランシスは徐々にニックに惹かれるようになる。

 三十代前半のニックはフランシスにとっては年上の男性だが、嵩にきたり雄々しく振舞うこともなく、フランシスのキツいジョークに対する反応もよい。売れているとはいえないがそれでも根強いファンがいる程度には美男子でセンスもいい。直接会うほかメールのやりとり等で関係は縮まり、年上の既婚者に弄ばれる小娘のよくある関係だと嘯いてもフランシスはニックに惹かれてしまう。ニックもフランシスに惹かれていることを隠さないが、なんらかの事情でメリッサとは別れる選択肢はないらしい。

 こんな関係はありきたりだし不毛だとフランシスも頭では分かっているし、付き合いのながいボビーもニックを批判する。しかし気が付けばフランシスはニックと抜き差しならない仲になっていた。

 そんな中、この夏はフランスですごすことにした夫妻の別荘に誘われたことをボビーが告げる。フランシスもその旅に同行することにしたのだが……。


※今回からあらすじ等は感想の後に置くことにしました。

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