『タイムラインの殺人者』  アナリー・ニューイッツ

『タイムラインの殺人者』

 アナリー・ニューイッツ、幹遥子 訳



 ハリエット・タブマンが上院議員になり、アメリカ合衆国では史上一度も人工中絶が合法化されたことがなく、とある地層からタイムトラベルを可能とするシステムが発見されたことによって時間旅行が一般的になっている。歴史的な偉人を殺しても似たような誰かが現れて同じようなことをするだけで歴史が大きく変化することはないことは判明しているが、未来人が過去へ戻り人々を扇動することで少しずつ現代社会を編集することは可能であり、自分たちの思想信条にそった歴史の編集やその修正がおこなわれている。そんな世界線上が舞台の小説。

 2022年、応用文化地質文化を研究する科学者のテスは時間旅行者として過去へ度々移動していた(現状、未来への時間移動はできないので)。自身の研究と、女性の社会進出を阻み支配しようとする保守思想の信望者・コムストックが行おうとする歴史の編集を阻止する非男性の研究者たちで結成されたチーム<ハリエットの娘たち>のメンバーとしても度々過去へ訪れていた。今回の時間旅行で、コムストックの男たちが現れる可能性が高い、1983~84年に行われたミッドウェイでの万国博覧会のベリーダンスショーと、その舞台を実質プロデュースしていたが歴史的には名前を残していない女性やダンサーたちのもとを訪れる。しかしテスは、この時間旅行の前に仲間たちには内緒で1992年カリフォルニア州アーヴァインに立ち寄っていた……。

 1992年のアーヴァインではパンクバンド・グレープエイプのコンサートが行われていた。パンクミュージック好きの仲間たちとその場にいた高校生のベスは、仲間のうち一人が同級生の男子に強姦されそうになっている現場に立ち会う。友人を救おうとしている過程で、親友のリジーが彼を殺してしまう。事情が事情なので止むを得なかった、これは生徒防衛だ……と言い聞かせながら仲間たちですぐには発見されない場所に死体を遺棄する。幸い死体が発見されても捜査の手が彼女らに及ぶことは無かったが、リジーは次第に仲間たちの周囲に現れるクソな男に対する攻撃性を露わにするようになり、ついには正当防衛では無い形で殺人を犯してしまう。第二の殺人をめぐる経緯と小学生のころからの親友で、ベスが辛い時には親身になって支えてくれた大好きな親友の一面を目の当たりにしてショックを受けるベスのもとに風変りな中年女性が現れる。そして彼女に「リジーとつきあうのはやめろ」とアドバイスをして去ってゆく。

 おそらく時間旅行者であるに違いない謎の女に言われたからといって、大切な親友とのつきあいをやめるわけにはいかない。その思いから、相手がどんなにクソな人物であっても今後後絶対に人を殺さないとリジーに約束させたベスだが、日に日にリジーへの信頼が揺らぎ始める。そしてリジーはベスとの約束を破って第三の殺人を犯してしまう……。



 ハリエット・タブマンは、黒人奴隷を北部の自由州へ逃す秘密組織「地下鉄道」に協力し南北戦争にも重大な働きをした黒人女性。元逃亡奴隷で、解放奴隷には与えられた選挙権が女性には与えられなかった現実の世界では上院議員にはなれず、北軍の勝利のために様々な形で協力したにも関わらず正当な恩給を得る為に何度も政府へ請願し続けた。20ドル紙幣の肖像に選ばれることが確実視されていたが、トランプ政権下で白紙に戻される。

 コムストック派の語源になっているのは、アンソニー・コムストックなる米国郵政公社の執行官で、利用者の手紙や荷物を勝手に開封しては卑猥な画像やオトナのオモチャ等のブツを見つけてはわいせつ罪で訴えたという曰くのある人。YMCAの支持を背景に発言権を増してゆき、一時期は秘密裏に人工中絶をおこなっていた医者を逮捕させていたりもしていたらしい。



 あらすじからお分かりの様に、フェミニズムSFである。アメリカのSF界で大いに問題になったパピーゲート事件に象徴されるような保守系男性SF作家やファンによるムーブメントに真向から否を唱える内容となっている。最終的には『侍女の物語』めいたディストピアな未来の到来を阻止するために戦う展開になる。

 男女(トランス女性含む)だけではなく、人種や民族、性的志向、宗教といったあらゆる差別、文化の盗用といった問題をとりこみ、保守的な価値観の男性以外の属性の人々の問題とは誠実に向き合おうとしている姿勢がみられる。それは大いに評価すべきだとは思うものの、政治的に正しくあろうとしてある物語ほど救われない人々が目立つという、皮肉めいた後味の悪さも目立つものが発生してしまっているのだった。

 作中のコムストック派みたいな人々まで彼女らが救う義務も義理もないのでこの扱いはまあ妥当であり、現実にいるコムストック派みたいな人たちへも、あんたたちもあんたたちでなんとかしなはれ、生きづらさの原因を自分たちに女が与えられないせいにしなさんなとでも言うしかないんだけど、それでも「なんだかなァ……」という気持が拭えないのが正直なところである。政治的主張としては支持するのですが(人工中絶違法とかはあり得んよ)。

 こういう煮え切らない感想になってしまうのは、強い口調で物事を断定されるのがとにかく苦手な自分の気性が関係しているせいであり、ここで書かれるストーリーやキャラクターに大いに同調する人も少なく無いはずである。そういう人の元に届いて欲しい。



 現代的なスラングが飛び交うわりには訳文が妙にぎこちない所や、いくら時間旅行が一般的な世の中だからって急に未来人が現れてわりとすぐ受け入れちゃうような展開はどうなのか? 等、多少引っかかる点も内ではなかったけれど、作者のしかけたミスリードにものの見事に引っかかったことが判明してからは素直に楽しんで読んだ。ここの仕掛けは、様々な時代を行き来しつつ、テスとベスの二人の人物の視点からなる章を交替する構成がよく効いていて面白かったし自分好みでもあった。


 読み進めるうちに、テスが何度も1992年へ戻らなくてはならなかった理由が明らかになってゆく。これが女同士の親友から親友への後悔を含む濃い感情なので自分としては百合SFとしてもカウントしたいけれど、昨今の百合界隈の可燃性や過激な発言を思うと大いに躊躇われるのだった。……こんな風に書くとネタバレも同然な気もする。

 この1992年パート、進学についてアメリカの青春小説みが強いところもかなり好きである。

 あと、何気にラストの数行も好きです。



 作者はティーンの頃にパンクロックに傾倒していたらしく、1992年パートには自身の体験がベースになっている模様。解説によるとサイバーパンクの書き手がほぼ男性のみなことやパンクミュージックを扱ってないことを批判していたらしい。それにしてもライオットガールというムーブメントはカッコいいですね(所詮は白人の女子だけのムーブメントだったという批判もあるらしいが)。まず名前がカッコ良い。

 東京創元社から出ている『空のあらゆる鳥を』の作者チャーリー・ジェーン・サンダースとニューイッツは生活を共にするパートナー同士なんだそうです。こっちも読んでみようかな。


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