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『消失の惑星(ほし)』 ジュリア・フィリップス

『消失の惑星(ほし)』

 ジュリア・フィリップス 井上里 訳


 ある年の八月、カムチャツカ半島でスラヴ系の幼い姉妹が行方不明になる。姉妹らしき女の子たちが黒い車に乗せられていたという目撃情報も寄せられたものの有力な手がかりにはなり得ず、モスクワにいる姉妹の父親が誘拐したという意見も寄せられ警察は捜査するが誤報で終わる。姉妹の母親は二人の生存を信じてあらゆる手を尽くすものの、一年近くたっても有力な手がかりの出てこないので警察は姉妹は海に落ちでもして死んだこととして処理しようとする。

 姉妹の失踪はカムチャツカ半島に暮らすさまざまな階級や職業の人々にさまざまな影響や思いをもたらす。

 その中には18才で姿を消した原住民の少女リリヤのことを思い出す人々もいた。リリヤは男たちと次々に付き合うような奔放な女の子として評判だったが、原住民がほとんどを占める村の閉鎖的な生活が嫌で都会に出ていったのだろうと想像する者もいた。だがリリヤの母親だけは娘は自分の意思で姿を消したのではないと信じていた──。



 カムチャツカ半島を舞台に、幼い姉妹が失踪してから一年間の出来事をそれぞれ人種や職業、年齢が異なる女性たちが自分たちの人生に起きたそれぞれの物語を語る。そして一年がすぎ、姉妹が消えた八月が再び訪れると物語は再び幼い姉妹の元に戻る。


 ソ連時代のことを覚えてる婦人、SNSで親友をチェックするのがやめられない中学生、白人の彼氏の機嫌を無意識にとってしまう原住民の女子、中央アジアから出稼ぎに来た労働者に性的な眼差しを向けてしまう専業主婦、都会の大学に進学しそのままそこで就職したら親友と距離を感じずにはいられない女子……等等、現代カムチャツカのさまざまな側面やそこに生きる人々の姿を描く連作短編として大変魅力的だけど、消えた原住民の少女のエピソードを交えながら、一周回ってちゃんと幼い姉妹の失踪事件に戻る構成が上手い。

 その辺にミステリ的な面白さもある気もするので、あまり詳しく語らないことにしておく。


 連作短編としても秀逸なので、クレストブックスの短編集が好きな人にはおすすめである(※極東ロシアが舞台だけど作者はアメリカ人なので、その辺りからもクレストブックス感が漂う)。

 特に、大親友が自分ではなく別の子と遊んでいることにショックを受ける中学生や、久しぶりに故郷に帰ってきた都会で暮らしている親友と大晦日に束の間言葉を交わす地元に残った女子の話が好みだった(こちらの物語には現代ロシアの問題が背景にあるので読後感がやや哀しいものになってるところもいい)。こういう女子の話には単純に弱い。


 総じて満足して読み終えた小説なのだけど、一番心に迫ったのは訳者あとがきのこんな箇所である。


『しかし、幼い姉妹の失踪という事件に焦点を合わせなかったことは、単に、フィリップスが物語の構造を優先させたためではない。

 "愛らしく美しい、そして往々にして人種的にマジョリティに属する少女の失踪"という、フィクションにおいて好まれてきたテーマを扱うことの危うさを、強く意識しているからだ。彼女は、センセーショナルな文脈で語られる"消える少女"や"犠牲になった少女"の物語に自身も強い関心があることを認めつつ、そこには、大衆にとって理想的な被害者が、娯楽として、あるいは被害者のみを責める家父長的な教訓の材料として──「気をつけていないと、いずれおまえもああなるぞ」──消費されやすいことを警戒している。』


 ……女の子が可哀想な目に遭う話には気をつけるようにしていても、ついつい惹かれてしまう者の一人として、自戒しておこうと思いました。

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