第19話 昔話と依頼の真相

 護衛の任務に就いて日も暮れだした頃、隊商の一行は1日目の旅程の最後、オルフの街に差し掛かっていた。冬の西日をもろに受けるように馬車を進める先に、街のシルエットがくっきりと浮かんでいる。乾いた空は風でちぎれたような雲が高いところで散らばっていて寒々しかった。朝を除けば護衛の冒険者たちは幌馬車の荷台で大人しくしてるのがせいぜいで、やるべきこともなくダラダラと時が過ぎる中、俺たち3人はカードに没頭していた。


 しかし、ひと段落したところで、何かあると言っていたはずのウリクルは早々に、モリネロでさえ馬車の揺れに眠気を誘われたのか、雑多な積荷の隙間に身体を潜り込ませるようにして眠りこけてしまった。やれやれ。手持ち無沙汰になった俺は、御者台に移動して周りの様子を見ることにした。一応警戒する素振りを見せていたが、本当のところ全く何も見ていなかった。その時、隣に座っていた年老いた御者が、俺の帯びていた刀を見てあっと声を上げ、それから恐る恐る尋ねてきた。


「もし、そこの方。もし違っていたらお許しくださいまし。ここらでめったにお目にかかることはないその剣は、『刀』ではないでしょうか」

「む。いかにもよくご存じですね」

「やはりそうでしたか。するとあなたは“馬駆る人”なのですかな」

老人の言葉に今度は俺が驚くことになった。


 その御者は、今でこそ王国の西に位置する城塞都市ウルクの商人の下で働いているが、その昔、東の辺境の地に住んでいたのだという。本人はまだ幼く殆ど記憶はないが、彼の村の大人たちは古くからの掟に従い鬼との戦に駆り出され、境の城に詰めて食糧などの荷物の運搬、城の補修作業など、兵たちの後方支援をしていたそうだ。従軍した親や親戚などが話して聞かせてくれた戦場での話は、もう何度も何度も聞いてきたという。


「子供ながらに鬼の恐ろしさは骨身に沁みましたね。わしの親や村の者は実際に鬼と戦った訳じゃないですが、“馬駆る人”と鬼の戦いの凄まじさは間近で見ていたんで、その人たちから聞く話はそれはもう、恐ろしいやら、胸が躍るやらで」

背の曲がった老いた御者は西日に目をすがめながら、懐かしそうにゆっくりと話してくれた。その話す言葉には、確かに東の辺境の地のなまりが微かに感じられた。俺はふいに懐かしい気持ちでいっぱいになった。


「わしが今でも親父の話で覚えているのは、鬼の恐ろしさはもちろんですが、それ以上に“馬駆る人”の人間離れした凄まじいばかりの強さ、ですな」

御者は畏怖するかのように震える声で言った。

「親父はいつも、彼らのことを話すときはめったに触れてはいけない大事なものを扱うように、そっと口に出していました。畏れ敬うような、その感じが今もつよくつよく、思い出されます……」


 それから俺と御者は東の地の話で少しばかり盛り上がった。まだ“馬駆る人”がいること、それに加えて俺の若さに驚きを隠せない様子だった。


「子供の頃に聞いた話なんで、ずいぶん大人の人たちを想像してました。でも自分がこんな年になると、自分の子供よりも若いあんた様が“馬駆る人”というのがへんな感じですわ……。それにしてもひと昔前はここら辺でも“馬駆る人”の剣士を騙る冒険者が多くいたもんですよ、もう全部ニセモノだったと思いますがね」

「だったらこの俺もニセモノかもしれないじゃないですか」

俺は冗談めかして言った。しかし老人は首を横に振りそんなことはないと言い、少し申し訳なさそうに付け加えた。

「失礼に聞こえるかもしれませんが、今の時代、“馬駆る人”の名を騙ったところでなんの得にもなりゃしませんから……」

確かに。俺は苦笑いするほかなかった。 

「わしが子供の頃なんかは、馬駆る人の最高の剣士、それはつまり王国最強の剣士を意味するって言われてましたからなぁ」

そう言って御者は昔に思いを馳せるように、首を上げ目を細めて見せた。今の俺にはまったく耳の痛い話だった。


「ですが、あんた様のようなお人がいるなら、この隊商に何があっても安心ですな」

俺に気を遣ってくれたのか、御者は取りなすように話を変えた。

「街道を進むだけの道中、特に危ない目に遭うこともなさそうですが」

この御者から何か話が聞けるかもしれない。俺は素知らぬ感じで話を続けた。

「わしが言ってるのは、盗賊とかそんなことを心配しているんじゃないんです。詳しくは言えませんが、そこの町の欲張りな商人の無茶が、のっぴきならないところまできているんですよ――」


 結局、御者はだいたいの事情を話してくれた。同じ東の地の出という同胞意識なのか、単に話好きなのかは分からないが、とにかく、これはウリクルとモリネロに知らせなければならない。


 そうこうしているうちに街に入ると思われた隊商はしかし、門を目前に左手に進み、街の外壁から少し離れた場所で停まった。街には入らずに野営するらしい。


「あれ、この街に入らない、宿屋に泊まるんじゃないのか? それとも何か入るための手続きでもあるのか?」

起きだしたウリクルが聞いてきた。しかし予め決められたように、ここで野営をする準備が着々と進められている。あの御者も馬車を止めると慌ただしくどこかに走っていった。


「何も知らないのは私たちと、あのもうひとつのパーティだけですか」

モリネロも辺りを見回しながら訝しげな様子だ。俺が呼び止める間もなく、ウリクルはそのままもうひとつのパーティが集まっているところに駆けていってしまった。これから話してやろうとしたのに。


 しかし、すぐに護衛する冒険者たちは呼び集められ、各パーティ毎に指示が下された。俺たちのパーティは隊商から見て南西側を見張ることになった。しばらく温かい飯はお預けだ。街の鐘が鳴り、閉門の時間を告げた。すると街から一台の馬車がこちらに向かってやって来るのが見えた。御者の話から推測するに、この街の商人に関係する者ではないだろうか。俺はふたりに急いで話をすることにした。


「さっき、俺たちが乗ってた御者から聞いたんだが、この隊商が運んでいる積荷の一部をこの街に卸す、卸さないでここの商人と以前から揉めていて、それが今回の依頼クエストに繋がってるらしい」

「え、何? そんなただの商人同士のいざこざが、こんな大勢の冒険者を集めるようなことになっちまったのかよ」

「ちょっとそれだと大袈裟すぎないですか?」

「なあ、そんなことで命を張るのは馬鹿らしいぜ」

ふたりは口々に不満を言うが、まったくその通りだった。そんな商人同士のいざこざで剣を手にして戦う羽目になるのは割に合わない話だが――


「最初はもちろんよくある商人たちのトラブルだったらしいが、今はここの領主を巻き込んだ話になってるんだと」


俺はかいつまんで経緯を話してみせた。


そもそも地下迷宮ダンジョンのある城塞都市ウルクは、その特殊性から、本来その土地を納めている領主ではなく王の直轄地になっており、地下迷宮で発見された貴重なお宝の数々は、王の管理下に置かれ売買も制限されているのだが、実際はそこからこぼれて取引されるものがあるのは周知の事実。末端にいる俺たちのような冒険者たちは基本的にギルドでお宝を“すべて”売り払い、個人的に道具屋や武器屋に直接持ち込んで売るのは禁止されていたが、それはあくまで建前で、実際は個人的に使うためだったり、馴染みの店に売ることはある程度お目こぼしされていた。それと同じように、ギルドが今回のようにお宝を王都に届けるまでに立ち寄る各都市のしかるべき筋に、そのうちの一部を売ることもある程度許されているのだ。もちろん本当に貴重な、つまり使いようによっては危険極まりない宝物が除外されるのは言うまでもないが。


「で、そこで問題になってるのが、このオルフの街の商人ヌメルノという男で、こいつは、あのダンジョンを探索していた元冒険者くずれらしく、かなりあくどい手を使ってのし上がって、今ではあの町でかなり幅を利かせて好き勝手やってるらしい」

「なるほどね、そのヌメルノがお宝をもっと寄越せって強引に言ってきてるってことね」

「いや、言うくらいだったらまだ可愛いもんだが、ひと月前に、話がもつれて積荷を運ぶ商人の使用人を斬りつける事件を起こして、それでここの領主も手を打つことにしたそうだ」

「それで、私たちがここにいる理由に繋がる訳ですね」

「そう、ここの領主も自分の街がお宝で潤ってくれたら税金が増えるからと、ヌメルノの強引なやり口に今まで目をつぶっていたそうだが、さすがに見過ごせなくなったんだろうな」

「てことは、今回の依頼クエストは、領主も承知の上でのもんなんだな」

俺は頷いてみせた。これは領主がギルド側に持ち掛けた話なのだろう。

「その証拠に、この護衛隊には名は伏せてるが、凄腕の剣士が領主から遣わされて来てるって話さ」

俺はあの護衛隊のリーダーの後ろに控えていた男が、そうではないかと睨んでいた。


 俺たちがそんな話をしていると、街からやって来た者たちと、応対に出て行ったこちら側の者とで言い争う様子が遠目からでも窺えた。寒風に煽られた外套を纏うウリクルとモリネロも、その様子じっとを見ていた。

「街から馬車に乗って来たのがヌメルノの手下なんだな。お前の話を聞いたからか、悪そうな奴らに見えなくもないな」

根が素直なウリクルはそう言って険しい顔をして、俺とモリネロを笑わせた。

「笑うなよ。相手が悪い奴だって思えれば、万一戦うようなことになっても気が咎めないだろ」

そうか。ウリクルにとって善悪は大事な価値基準なんだな。単純すぎて全面的に賛成はできないが、それがウリクルの美徳であることは確かだった。そして俺はそんなウリクルが嫌いじゃなかった。


「大丈夫だウリクル。万一なんかじゃなくて、必ず向こうから仕掛けてくるさ」

俺としてもただ馬車に揺られ、昔話を聞いて郷愁に駆られるだけで帰るつもりはなかった。

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