第18話 隊商の護衛も楽じゃない

 ダンジョンから冒険者たちが命懸けで手に入れ、そしてギルドに売り払ったお宝たちを満載しているであろう、2頭立ての馬車が6輌連なった隊商キャラバンは、秋の終わり、冬至が近づくとある日の早朝、ダンジョンのある城塞都市・ウルクを出発した。

 想像していたより大規模な隊商で俺たちは驚いたが、護衛を統率する男を通して出発早々、俺とウリクルは先行して周囲の警戒をする役目を仰せつかった。


 護衛隊のリーダーは50代くらいの古強者を絵に描いたような男で、言葉数少なく俺とウリクル、また別のパーティのふたりの若いやつを指差して、馬車の周囲を囲うように並走しながら警戒任務に就くよう命じた。平たく言えば馬車と同じ速さで駆けっこをしなければならないのだ。小走り程度のものであっても楽しいものになるとは思えなかった。しかし、ウリクルもほかのふたりも嫌な顔をしたものの、有無を言わせぬ雰囲気が漂うリーダーの姿に口答えしても無駄だと覚ったのか、そのまま黙って準備に取り掛かった。俺も少し遅れてウリクルの後に続いた。


 予想はしていたが、冒険者の中でも新参者である俺たちは下っ端仕事を引き受けなければならない。さすがに魔法使いのモリネロを駆けずり回すような命令は出なかった代わりに、俺とウリクルはまだ日も明けきらないで薄暗く底冷えのする中、一台の馬車に背嚢、外套などの余計な物は預けて駆け出した。俺は自分の刀も置いて、小刀だけを持ちできるだけ身軽な格好にした。ウリクルも俺に倣って大剣は持ってこなかった。俺たちは進行方向の左側に位置取り、先行するように走り出す。背後で隊商全体が甲高い商人の号令で動き出した。


「なあ、おい。これって意味あんのかよ。まだ星明かりのほうが勢いのあるこんな時間に、盗賊とか出る訳ないよな?」

小走りで駆けながら後ろからウリクルは早速ぼやく。


「こんな時間に好き好んで歩くこと自体、俺はあんまりないけど、普通はないだろうな」

俺も同意して言う。

「ちぇっ、襲ってくるヤツがいないか見張ることより、雇い主にタダ働きしてんじゃないことを見せたいだけだろ」

ウリクルは分かったように言うが、確かにそうだろう。そもそも襲撃を警戒するなら魔法使いの“探索”の呪文をかけたほうが良いに決まっているし、今まさにかけていてもおかしくないのだ。

「まぁあとは、あのリーダーが、新参者の俺たちがナメたまねしないように気合いを入れたいんだろ」


 混成パーティの中で誰がボスかはっきりさせないと今後に響くだろうし、これで俺たちがすぐに音を上げるようなら、さっさとお払い箱にするくらいのつもりでいるのだろう。


 それから小1時間、俺とウリクルは真面目に任務に励んでいるところを見せてやり、かじかんだ身体がすっかり温まったところで小休止が与えられた。俺たちは最初の試験をクリアしたようだった。そして、この隊商に危害を加える存在はまったく見つけられなかった。夜中よりも明け方の方が危険はないだろう。悪党たちも今頃どこかで寝てるに違いない。


 馬たちに飼葉を御者たちが与えている間、俺とウリクルは他のパーティの冒険者と交代することになった。見るからに嫌そうにしていたが、俺たちもあんな顔をしていたのだろうか。

「なんだか本当に心苦しいですよ」

モリネロがすまなそうに俺たちを迎えてくれた。

ウリクルはどっかりと腰を下ろし、差し出された水筒から勢いよく水を飲んだ。体から湯気が立ち上っていた。俺は少しだけにしておいた。さすがにすぐにお呼びがかかると思わないが、念のため控えておいた。


 俺たちは町を出てから街道に出るために北に向けて進んでいた。周りに遮るもののない見晴らしの良い丘陵地帯が広がり、後ろを振り返ると出発してきた街は小さくポツンと見える程度になっていた。これなら隊商を守るように周囲に人数を配置しなくてもまったく問題ないはずだった。恐らく何かあるとすれば街道に出てからになるだろうか。出発する前に冒険者のリーダーが広げていた地図によると、街道を西に進んで行くと起伏のある森林が広がる場所を通るので、まずはそこが危険な箇所になるはずだった。2日目の今ぐらいの時間に着くだろう。


 それから、昼を少し過ぎたところで街道に行き当たり、隊は昼の休憩に入ることになった。旅慣れた商人の若い奉公人たちは、持ち出した大きな鍋を使って手早く食事の支度を整え、護衛役の冒険者たち向けに温かな煮込みスープをふるまってくれた。昼になり気持ちよく晴れてはいるが、けっこうな寒さなので、出来立ての温かい食事はありがたかったし、今回は往復の食事も出してもらえるということで、俺たちにとっては至れり尽くせりだ。そこかしこで白い息を吐きながら、思い思いに食事を摂る冒険者たちも自然と緊張も緩み、賑やかだった。ウリクルは持ち前の遠慮のなさと屈託のない性分を発揮し、他の冒険者たちと楽し気に何かを話している。モリネロも同じ同業者だろうか、年嵩の大きな杖を携えた男と静かに言葉を交わしていた。ふと、こちらを見る視線を感じて顔を上げると、後ろに長身の部下を引き連れた護衛隊のリーダーが、俺のほうにやって来るところだった。


「さっきはご苦労だったな」

バルドという護衛隊のリーダーはかたちばかりに、今朝の“かけっこ”の労をねぎらった。俺もかたちばかりにたいしたことないと言った。まさかそんなことを言うためだけにわざわざ来た訳ではないだろう。俺は本題に入るのを待った。


「お前が例の“馬駆る人”の戦士なんだな」

尋ねるのではなく、念を押す感じだった。隠すわけじゃないが、東の辺境の地から遥か遠いここら辺では、俺たちに対してまったく無知であるか、無関心であることが多いが、中にはやっかいな偏見の目で見られることもあるので、当たり障りのない返事しかできなかった。

「誰かに俺のことを聞いているのか?」

「今回の護衛の仕事にお前たちのパーティを呼んだのは、お前が“馬駆る人”のひとりだったからだ」

バルドは俺の質問には答えずに言った。


「そうかい。なら、旅行気分でいるのはよして、いただいた報酬分くらいはしっかり働くようにするぜ」

俺の言葉を聞いたバルドはニヤリとしたが、そのまま何も言わずに去っていった。


 たまたま舞い込んだ外仕事だと思っていたが、どうやらそうではないようだった。そして、もしあのリーダーが本当に“馬駆る人”のことを正しく知ったうえで、俺のことをこの隊商の護衛に参加させたとしたら、この先の道中、目的地まで今のままのんびりと、何事もなく済むとは到底思えなかった。


 そのことは、昼の休憩の後、馬車の中で俺たち3人がそれぞれ見聞きしたことを照らし合わせてみることで、より確信に近いものになっていった。モリネロが話していたのは護衛隊のリーダーが率いるパーティの魔法使いのひとりで、今回の積荷に封印の魔法をかけた者だという。積荷が何かはさすがに教えてくれなかった代わりに、これだけ大人数の冒険者パーティを集めたのは、“安くない”モノを運んでいるからに他ならないという。確かに、ひとり当たり最低でも金貨2枚で、全体では金貨40枚以上が冒険者たちに払われているのだ。それだけでもまったく“安くない”どころかかなりの金額だ。単純にそれだけの金を遥かに上回るだけの値打ちのある品ということだ。老魔法使いは、かなり強力な魔法をかけているので、変な気を起こして盗んだり、封印を解いて中の物を確かめないように忠告してくれたそうだ。


「魔法は解く方が格段に難しい作業になるので、試してみる気にもなりませんね」

モリネロは一言添えた。俺は、絡まってどうにもならなくなった毛糸玉が思い浮かんだ。恐らく同じようなことなのだろう。


 さらに、ウリクルは他のパーティの奴らと話をしてみて、あることに気付いたという。

「なんかさ、あのリーダーのパーティと、その次くらいの古参のパーティの奴らの方が張り詰めた雰囲気なんだよ。それに比べて、うちともうひとつの新しめのパーティは全然だよね」

「それはつまり、新参者の俺たちには話してないやっかいごとがこの任務にはあるってことか」

「そうそう、これは絶対にワケアリだね。予めヤバい仕事って分かってるんだよ。知ってそうな連中のひとりは俺のこと見て、こいつ何も知らずに可哀そうだなって顔してたからな」

「ですが、この隊商は街道を進むのですから、追剥、夜盗、盗賊の類いにとって、街道で仕事をするのはあまり割に合わないと思いますが」


 モリネロの指摘に、俺もウリクルも考え込む。確かに、街道での狼藉はとにかく厳しく罰せられるのだ。街道、つまり王都とその周辺都市を結ぶ最重要の導線の保持は、王国全体の繁栄と安泰を象徴するものとして、その往来についての安全を守ることこそ、王家そして周辺領主たちの大きな役割であるのだ。長らく東の地での鬼との戦はおろか、周辺国との目立った争いもないこの王国では、街道の警備は兵士たちの大きな仕事を占めているのだ。悪党にとって街道で仕事をするのは危険すぎる。むしろ、さっきまで通ってきたような街道から枝分かれしたような道の方が都合がよかったはずなのだ。


「街道に出て美味い飯を食べても、心ここにあらずって感じなのが、どうにも気に入らないね」

ウリクルの意見に俺もモリネロも頷くほかなかった。何があるか知らないが、ダンジョンよりもましだと思った外仕事が急にきな臭くなってきたのをひしひしと感じた。


「ま、何かあっても俺たちなら何とかなるっしょ」

そう軽口をウリクルは叩いたが、自分も同じくらい気楽に構えていられたらなと、少しだけ羨ましい気持ちになった。

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