第16話 休日の戦果を報告する

 日が暮れる頃、街の中心の塔の鐘が鳴った。この鐘が10回鳴らされると、街の東西にある門が閉じられる。この街に入るのも出るのもそれまでということで、門に通じる街の大通りはかなり混雑する。それを潮に店仕舞いしていく店、反対に酒場などのように開店する店もあるなど、街が徐々に様変わりしていく。俺は背中を冷たい風に押されるように、待ち合わせの食堂に向かっていた。ふたりに良い報告ができるのが楽しみだった。見上げると、幾つもの星が早々と夜空に瞬いていた。


 店に入るとすでに席は埋まっていたが、ウリクルとモリネロは奥の方のテーブルに陣取っていて、俺を見つけるとふたり揃って手招きをした。俺は店の主人に手早く注文を伝えて席に着いた。

「先に始めてたぞ」

ウリクルはいい感じに酔いが回っているようだった。これは待ち合わせ前から居座っていたに違いない。モリネロをちらっと見ると、

「ウリクルはもう夕方前にここに戻っていたそうですよ」

と、苦笑まじりに教えてくれた。

「て、ことは、すんなり良い部屋を見つけられたのか、まったく相手にされなかったかの、どちらかってことか」

「ふんっ、分かってるくせに嫌味なこと言うなよ。お前の予想通り、俺たちに部屋を貸してくれるようなところはひとつもなかったぜ」

ウリクルはくるくるした自分の巻き毛を掻きながら言った。


 やっぱりと思うが、それでも実際にそうだと分かるとチクリと胸が痛む。この街にいくつもある、空き部屋、空き家を斡旋する不動産屋を訪ね歩いたウリクルだったが、どこも全然相手にしてくれなかったそうだ。薄暗い裏通りにある胡散臭いところに思い切って行ってみたそうだが、そんな所の方が何よりも金が物を言うようで、全然話にならなかったという。

「最低でも金貨5枚ないとだとよ、足元見てくれるぜ、くそっ」

毒づくウリクルに、俺とモリネロはその労を労ってやった。

「いや、俺のことはもういい。それよりもふたりはどうだった? モリネロはあのバカでかい図書館に行けたのか?」

「実は道具街でいろいろ見ていたら、図書館に行く時間がなくなってしまったんですよ。図書館はまた次回に持ち越しです」

モリネロは以前にトロルによって重傷を負った冒険者に使った、傷薬の補充をしたほか、冒険に役立ちそうな様々なポーション、魔法に使う触媒などを扱う店が軒を連ねる通りで、一日過ごしたという。


「珍しくて、貴重な品が無造作に置かれていたりして驚きました。間口が狭い上に、所狭しと商品が乱雑にある中に、本物のドラゴンの鱗があったり、とにかく1日ではとてもまわりきれませんでした」

少し興奮気味なモリネロに、ウリクルは羨ましそうだ。

「そうか、それは良かったな。じゃあ今度は俺の番だな。俺は良い話がふたりにできるぜ。まずは、こっちを見てもらったほうが早いな」

俺はギルドでもらった袋の中身を、美味そうな食事が盛られた大皿やエールが入ったジョッキが置かれたテーブルに広げてみせた。ウリクルもモリネロも目を丸くしてそれを見た。


 それは5枚の金貨だった。

「言っておくが、ヤバい金じゃないからな。これはギルドが俺たちパーティにくれた報奨金だからな」

「ちょ、?何?話が見えないぞ!」

「私たち何かしましたっけ?」

思った通りの反応に俺は思わず笑う。


「そう、これは、俺たちがトロルを倒した報奨金てやつだ。ダンジョンで倒した魔物のうち、特定の、特別なやつを倒して、それを証明できればギルドは金を出してくれるんだ」


「え、それがトロルだったってこと? でも今になって貰えるのか?」

確かに俺たちがあのトロルを倒したのはもう5日前のことだった。

「俺もちょっと難しいかなと思ったんだけど、粘り勝ちってやつだな」

「おいおい、もうちょっと話を詳しく聞かせてくれよ。一体どうなって報奨金が出たんだ?」


という訳で、俺はこの金を得るまでの経緯を、酒を飲みながら話して聞かせた。


 それは一昨日の晩、ギルドに立ち寄った時に、冒険者たちがたむろする一階の大広間で漏れ聞いた話が発端だった。俺が聞いたのは、壱の穴からしばらく進んだところにいたトロルがどうやら誰かに倒されていなくなっている、という話で、それを聞いていた他の冒険者が、ダンジョンの第2層へ続く階段までの道のりが短くなって楽になると喜んでいたのだ。さらにその冒険者は去り際に、トロルを倒したのに、ギルドにまだ報告していないらしいこと、金を貰えるのを知らないのか、それとも倒した後に他の場所で死んでしまったのか、どっちにしろもったいない奴らだと言っていたのだ。


「え、そうなのか? 魔物を倒したら金が貰えるなんて聞いてないぞ?」

ウリクルは腑に落ちないように言った。

「そう、そうなんだよ。俺もあの時はダンジョンから戻って疲れ切ってたし、その時は聞き流していたんだけど、昨日の夜になって今日の休みに何しようか考えてたら、その会話が急に頭に浮かんできて。それでギルドに行くことにしたんだよ」

「今朝、お前がダメもとって言ってたのかこのことだったのか」

ウリクルが大きく頷きながら言った。


「そうなんだよ、それでギルドに行って5日前にトロルを倒したことを報告しに行った訳なんだけど、これがもう大変でな。俺が行った時点でもう何組ものパーティがトロルを倒したのは俺たちだって言ってきてたらしいんだよ」

「マジかよ、他人の手柄を横取りするとは、ひでえ話だな」

「まあな。でもここの冒険者たちはみたいにお上品な奴らじゃないし、すでに何日も経ってるから、そんなこともあるかなと予想していたけどな」

「で、それでどう自分たちが倒したってことを証明できたんですか?」


結論から言うと、ギルドは俺たちのパーティが倒したってことを既に知っていて、申告しに来るのを待っていたのだ。何故ギルドが知っていたかと言えば、俺たちがトロルの爪を鑑定に持ち込んでいたからだ。


「普通に考えて、トロルが冒険者におとなしく自分の爪をあげることはあり得ないだろ? だからそれを持ち込んできたってことはトロルを倒したことの証明になる。あとは、あの爪の引き取りの時にモリネロがしたサインと俺の冒険者の認識票を照合して、晴れて報奨金をいただいたってことさ」


「これは嬉しい話だな、本当に。こんなことなら俺もお前に付いて行けば良かったよ」

 話を聞いたウリクルは素直に喜び、カウンターの奥で忙しそうに客の注文に応じる店主に向かってエール酒の追加注文をした。モリネロも喜んだが、俺に質問をしてきた。

「でもそれって、私たちが爪の鑑定をしに行ったその時に、ギルドは報奨金も合わせて出してくれても良かったんじゃないですか?」

「お、確かにそうだ、あの鑑定士のおやじの嫌がらせとかなのか?」

ウリクルはあの時のことを思い返して苦々しい表情をする。俺たちはあの後も何度もあの鑑定士から、持ち込んだお宝の厳しい鑑定結果を突き付けられているのだ。

「そう勘繰りたくもなるよな。俺もそう思って聞いてみたけど、鑑定するのと、ダンジョン内の出来事を申告するのは別部署だからっていう単純な理由らしく、ギルドでもトロル討伐の報奨金の申告がされていないことが分かったのは後のことで、俺たちからの申告があるのを待っていたってことらしい」


 改めてギルドから説明を受けたところによれば、ダンジョンの探索でギルドから報奨金が出る場合はいくつかあって、それは、新たなルートの発見、下の階層へ続く新たな階段、それに類するものの発見、新しい魔物の発見、貴重な宝、遺物の発見、攻略することで冒険者全体の利益となる魔物の討伐、などがあるらしい。特に魔物の討伐については、どこまでの魔物に対して報奨金が出るかの判断は非常に曖昧で、ギルド側の匙加減一つという印象もあるが、今回については俺たちにとっては願ってもないことだった。


「報奨金の話も良い話だけど、もうひとつ実は良い話があるんだぜ」

俺はエールを呷り、次の話をするために喉を潤した。ウリクルもモリネロも早く話せと急かした。少しだけど俺たちパーティにとって、良い風が吹き始めてきたように感じた。

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