第15話 それぞれの休日

 宿屋のおばちゃんが去った。どっと疲れを感じた。俺たちは気を取り直して、朝食を食べに揃って部屋を後にした。真鍮のちゃちい鍵を掛け、モリネロがしっかりと魔法の鍵を掛ける。まったく、これが俺たちの当たり前になっているが、この事だけでも、この宿のレベルと、周りの環境の悪さが推し量れるというものだ。


 建物の正面の通りに出ると、紅葉した落ち葉が石畳の街路をカサカサと走り、風は少しひんやりするものの、日差しは強く気持ちの良い天気だった。今日は公休日とあって街全体がまだ寝起きのような様子で、人通りもいつもより少なく、の店の多くは閉まっている。と、言ってもここは冒険者たちが多く住む区画なので、道具屋、武器屋などの店はすでに営業中だった。冒険者たちの多くも、この公休日に合わせて休んでいるようだったが、競争相手が少ないこの日にあえてダンジョンに潜るパーティも少なくないようだ。冒険者たちの不文律の決まり事ルールとして、ダンジョンや仕事の依頼に向かう時以外の武器の携行は、小剣など最小限に留めるようになっているのだが、鎧なども身に着けず、小刀を持つだけの軽装で街を歩いていると、大小様々な武器をぶら下げ、大荷物を背負っている冒険者たちの姿は、かなりな存在感を放っていることに気づく。物々しくて普通じゃないよな、と他人事のように思う。街の人たちが普段どんな気持ちで俺たちを見ているのか、何となく察するわ……。


 俺たちは朝から活気のある冒険者たちが集まる食堂ではなく、静かなの店に行くことにした。今日は休みオフなので、何となく、いつものところから足が遠のく。俺はパンとチーズ、卵とスープを注文した。ウリクルはエールまで注文し完全に休みモードだ。まぁ、たまにはいいだろう。

「で、お前たちは何か予定でもあるのか?」

ウリクルは俺たちに聞いてきた。

「俺はギルドに行って確認したいことがある」

「私は魔法の道具屋に行ってみようかと。その後は図書館へ。時間があれば」


 この街のいちばんのウリはもちろん地下迷宮ダンジョンだが、実は巨大図書館の存在もこの街に多くの人を招き入れている要因となっている。元々はダンジョン内で見つかった、巨大な蔵書室に収められた大量の本を整理することから始まったそうだが、今では学者、魔法使いたちにとってなくてはならない存在となっているという。本を傷つけるような物の持ち込みは厳禁だが、基本無料で入れる。街の反対側にありまだ行ったことはないが、こことは街の雰囲気も全然違うのだろう。「魔法使いの島」で学んだ使のモリネロにとって、ダンジョンと並んで行きたい場所というのも頷ける。


 そしてウリクルはというと、「家を探す」という。テーブルに運ばれた食事とエールをいつもながら美味そうに平らげながら、

「今のあんなボロ宿さえ、ひと月の宿代で考えるとかなりの額になるだろ? それだったら腰を据えてダンジョンに挑む冒険者たちと同じように、俺たちも手ごろな部屋を借りたほうが安上がりだし、何より、今よりは住みやすいだろ」 

と、言う。

「確かにそうですが、今のように泊まりではなく、月極で部屋を借りるまとまった金が私たちにはないですよ」

モリネロが言う。

「まあな。それは分かってるけど、当たりをつけておくくらいはいいだろ? 明日にお宝に出遭って大金が入るかもしれないしな」

と、ウリクルは言う。常に前向きなのは見習うべき美点かもしれない。しかし――

「金もそうだけど、俺たちにはまだ信用がないぜ」

これは冒険者としてこの街でまだ日が浅く、大きな成果を上げていないから仕方ないが、金と同じくらいに冒険者には信用が大事だ。ダンジョンで目に見える成果、戦果を上げなければ、ダンジョン探索以外の、ギルドに舞い込む様々な金になる依頼クエストを受けることができない。品行方正でなければならない訳じゃないが、最低限の礼儀や約束をきちんと守れるか、依頼を完遂させるだけの力があるかなど、依頼を受けるには、それなりに認められた者たちにしかギルドは仕事を回してくれないのだ。


 実際俺たちも確実に成功報酬が提示された依頼クエストを受けようとしたが、この街に来たばかりの実績のない俺たちに紹介された仕事は、全然金にならない半端仕事ばかりだった。それもあって、俺たちはダンジョンに潜る以外になかったのだ。今のところは。


「だから、たとえば今すぐ半年分の家賃を払えるってことなら別かもしれないけど、普通に借りるのは難しいんじゃないか?」

それでもウリクルはめげずに探してみたいという。休みをどう使おうと勝手だが、明らかに無駄足になりそうだったので、俺はウリクルを誘った。

「それ、良いと思うけど、俺の用事を先にしたほうがいいかもよ」

「え、なんで休みの日にギルドに行かなくちゃならないのよ」

ウリクルはまったく乗り気でなかった。

「分からないけど、認してみる価値はあることなんだよ」

「それはどういうことですか?」

モリネロは興味をそそられたようだ。

「金と信用を一挙に手にできるかもだぜ」

俺は言ったが、自分自身、あまり確信は持てていなかった。でもダメもとってやつだ。ウリクルは胡散臭そうに俺を見る。本当なら3人でギルドに行くようなことだったが、もし、門前払いされたらと思うと、俺もそれ以上詳しく話せなかった。


 結局、ウリクルは誘いに乗らず、朝食を済ますと、それぞれの用事があるところに行くことになった。夜になったらまたこの店に戻って来て、夕飯を食べることにして。

 

 独りで歩くのは久しぶりだった。いつもより身軽でもあり、少しだけ心もとない気持ちにもなる。いや、俺が独りでなかったのは、この街に来てからのことで、まだ1週間ほどに過ぎなかった。それだけ俺たちは濃い時間を過ごしてきたと言えるのだろう。たった1週間、されど……。

 俺はギルドに向けてのんびりと歩いて行った。

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