第14話 ボロ宿から脱出ならず

 初めて3人でダンジョンに挑んでから、1週間が過ぎようとしていた。


 俺たちはせっせと毎日ダンジョンに潜り、そして生きて戻ってくることが出来ていた。たかが1週間ではあったが、初日で命を落とすことも珍しくないこのダンジョンで、俺たちは少しずつだが確実に前へ、いやへ向けて歩みを進めていた。

 

 その一方で、俺たちの手持ちの金は減るばかりだった。初日に手にすることができた、金貨7枚を超えるお宝に出会うことはなかった。宝箱自体、あれ以来見つけることができていなかった。あれはまさに、初心者の幸運ビギナーズ・ラックと呼ぶものだったのだろう。俺たちは少しでも金になりそうな可能性があるものを、迷宮内から持ち帰るようにした――手の込んだ装飾が施された剣の鞘、複雑な彫刻が目を引くブローチ、何か分からない液体が入った綺麗なガラス瓶、異国の文字がびっしり書かれた小さな革表紙の手帳等々……。しかし期待を込めた鑑定の結果といえば、どれもまったくのガラクタ、もしくは二束三文の値打ちしかないものばかりで、必然的に日々の出ていく金の方が多く、俺たちのパーティとしての持ち金は、銀貨7枚と少しという有様だった。


 明日の食うものに困るという状況ではなかったが、1週間後にはここを出ていくことを目標にしていたウリクルには悪いが、もう暫くここに厄介になるしかないだろう。少なくても俺とモリネロの間では、暗黙のうちに意見は一致していた。問題は……。 



 そんな訳で、今朝、つまり7日目の今日、俺たちパーティの金を管理するモリネロが手持ちの残金を知らせ、この宿屋にもう1週間延長して泊まることを提案したのだが、寝起きのウリクルがうんざりした顔をして言った。

「こんな場所、もう勘弁だぜ」

予想通りの反応が返ってくるが、金のないことは身にしみて分かっているだけに、ウリクルの反対の声にキレはなかった。

「そう言いますが、私は初めから、ここがそんなに悪いとは思いませんでしたよ」

モリネロがやんわりと言い返す。俺もすかさず頷き同意を示す。

「いや、お前ら、それは志が低いよ。こんなところで満足してちゃ、地下迷宮の制覇とか、デカいことを成し遂げるなんて夢のまた夢だぜ!」

すでに自分以外に反対する者がいないことに焦るウリクル。 

「待て待て、これは志の問題じゃない。単純に、金の問題だ」

早いとこウリクルに納得したもらい、俺は出かけたかった。今日は、ダンジョンには潜らずに休むことになっていたのだ。


 少し気の毒だが、金のことになるとウリクルも強くは言えないのだ。食堂や酒場に行けばいちばん飲み食いし、一昨日のダンジョンで、不覚にもゴブリンに破壊されたラウンド・シールドを新調するために、銀貨3枚の臨時出費があったばかりだった。


「なあ、金がないのはよく分かってるよ、でも冷静に考えてくれよ、こんなきったない窮屈なところでヤロウばかり3人が寝泊まりしてるんだぜ? 」

「それは冷静に考えなくても分かっていますよ」

モリネロが殊更冷静な口調で返した。

「ウリクル、仕方ないだろ。初めてこのパーティでダンジョンの探索を始めて1週間、俺たちはよくやっている。誰も命を落とすことも、大きな傷を負うこともなかった。運が悪ければ、今日を迎えることもできなかったかもしれないんだぜ。他の冒険者が死んでる姿も見ただろ? それを考えれば、こんなとこにいる俺たちはまだマシだろ?」


 それから俺たちはあーだこーだと話し合いをしたが、はなから結論は出ているのはウリクルも分かっていて、ひとしきり愚痴った後、誰ひとりとして嬉しくはないが、あと1週間はこの宿に厄介になることで話はまとまった。


「こんなとこは心底嫌だけど、あと1週間我慢して、さっさと出ていこうぜ!」

ウリクルは投げやりに吠えた。狭い部屋に不釣り合いな大声で。すると、部屋のドアがいきなりドンドンっと叩かれた。ぎょっとした俺たちは顔を見合わせ、ドアの様子をうかがう。一瞬間が空いた後、即座にまた激しくドアを叩く音が響いた。


 恐る恐るドアを開けると、そこにはこの宿屋兼酒場の主人オヤジの奥さん(?)がハアハアと荒い息をして立っていた。このおばちゃんは、寝床の敷き藁を新しく替えてくれとか、鍵をもっとましなものにしてくれといった、こっちの頼みごとには知らん顔、壊れかけの階段を決して上がって来ようとしないくせに、ダンジョンのことを根掘り葉掘りやたら聞きたがる、いわゆるダンジョンマニアだった。毎日出かける俺たちに、「今日は(ダンジョンの)どこまでいくんだい?」と必ず声をかけ、帰って来ればそれが何時であっても、宿の階段を登ろうとするところで、酒場の裏の勝手口からぬっと現れ、今日はどこまで行って、どんな難所があったのか、魔物には遭ったか、倒したのか、逃げたのか、秘密の部屋は見つけたのか、宝はあったのか、それはどんなのでどのくらいの金になったのか等々、こっちの疲労などお構い無しに、とにかく事細かくグイグイ聞いてくる厄介な存在だった。俺たちは極めて当然の流れとして、このおばちゃんがとても苦手だった。


「あんたたち、朝っぱらからここのことを随分言ってくれるじゃないのさ」

階段を決して上がってこないのは、普通に歩くのも億劫なほど太り過ぎているからだと思っていたおばちゃんの登場に、俺はちょっとした衝撃を受けていた。ダンジョンの初日、宝箱の中にあった麻袋から、異国の硬貨を見つけた時の驚きに近い感情だった。


「いやいや、ここを出ていけるくらいの大金を稼ごうぜって言ってただけですよ」

いちばんこの宿のことをくさしていたウリクルが満面の笑みで答えた。

「お前が街中に聞こえる大声で散々文句を言ってたくせに、どの口が言ってるんだい!」

ウリクルに負けない大声でハアハア言いながらおばちゃんか詰め寄る。モリネロが金の入った小袋から、明日から1週間分の宿代を素早く渡して、この場を収めようとした。この期に及んでもウリクルは嫌な顔をする。もう頼むから諦めてくれ、ウリクル。


 おばちゃんは金を受け取るとニタリと顔を崩し、息がまだ整いそうにない中、ハアハアと話題を変えた。

「馬鹿だねあんたたち、アタシは別に金を徴収しに来たんじゃないよ。あんたたちに聞きたいことがあるのさ」

咳き込んだりしながら、息が上がったおばちゃんが続きを話せるようになるまで、俺たちは辛抱強く待った。何のことはない、別の用事があってやって来たところ、たまたまウリクルの宿屋批判を聞いただけなのだ。


 ようやく話を再開したおばちゃんが言うには、俺たちの上の3階に泊まっていた冒険者が宿代を踏み倒してしたかもしれないという。なので、下にいる俺たちなら何か知ってるんじゃないかと、確認しにやって来たそうだ。


 確かに俺たちは気づいていた。3日前から上の部屋の物音がしなくなっていることに。上が静かになって良かったくらいにしか思ってなかったが、まさか夜逃げしていたとはね……。


 冒険者がすっからかんになって、ダンジョンの探索を諦めざるを得なくなることは全然珍しい話ではなく、むしろ良くあるだろう。自分たちがいつそうなってもおかしくないのだ。正直、ここの宿代が払えないようなら、この街にいることさえ不可能だろう。冗談抜きで、ここは崖っぷちなのだ。落ちてしまった者がこの街にいるには、冒険者を辞めてどこかの店で働き口を見つけるか、さもなくば非合法なことに手を染めて日の当たらない場所で生きていくしかない。野心を抱いてこの街に来る者の大半は、願い叶わず去っていき、富と名声を得るのはほんのひと握りの者に限られる。


 明日は我が身か……。まったく、今日はせっかくの休みだというのに、朝から楽しい気分になるようなことは何ひとつ見当たらなかった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る