第13話 トロルの爪のお値段
俺たちは冒険者ギルドが閉まる少し前に入ることができた。夜の8時に正面の大扉は閉められ、それまでに入った者たちの用事が済めば終了だ。ダンジョンから出てくるのが深夜になったりすると、いったんねぐらに戻るか、酒場で夜を明かすしかない。俺たちの着いた時間は昨日よりも遅く、混み具合も昨日ほどではなかった。雨のせいかギルドの中も暗く湿った感じがする。昨日と同じように俺たちは鑑定を待つ列に並んで待つことにした。
鑑定所の部屋の外にある長椅子に腰掛けながら待っていたが、列はなかなか進まなかった。座っていると今日の疲れがじわじわと出てくる。隣に座るウリクルを見るとすでに眠りこけていた。
「ふたりは先に帰っていて良かったんですがね」
モリネロは少し申し訳なさそうに言った。
「いや、ダンジョンと比べても喜んで帰りたい寝床じゃないからな」
「でも、もしトロルの爪が何の価値もなかったら、ふたりに申し訳ないです」
「だったら今日の飯はお前の奢りになるだけさ」
モリネロは首を振り苦笑いした。モリネロが言うには、
俺も眠気に襲われてきた頃、ようやく鑑定部屋に入ると奥の方から怒号が響いてきた。鑑定の結果にもめているのだろうか。引き取り金額に納得していないような台詞が部屋中に響き渡る。俺の間違いでなければそこは――
「なぁ、もめてるブース、昨日俺たちが鑑定したところじゃねえか?」
「そうみたいだな。お前のお気に入りの鑑定士は今日も相手を熱くさせてるな」
俺の冷やかしに、ウリクルは露骨に嫌そうな顔をした。鑑定の結果は正しいのかもしれないが、相手をイラつかせるのは俺たちに限ったことじゃない、日常茶飯事のようだった。
なおも粘る様子の冒険者だったが、とりつく島もない鑑定士に追い払われたか、顔を真っ赤にして凄い勢いで部屋を出て行った。それを見たウリクルも舌打ちをした。関係ないのにさっきの冒険者に肩入れしていたのだろう。
「あそこに鑑定の順番が当たった人は気の毒ですね」
モリネロがいらんことをぼそっと呟いた。すると、案の定というか、恐れていた通り、聞き覚えのあるしゃがれたイラついた声が、順番を待つ俺たちの番号を呼び出した。ウリクルが激しく舌打ちをした。俺はため息をついた。モリネロは目を閉じ小さな声で謝った。
そこには、昨日と同じように不機嫌そうな鑑定士が、俺たちがブースに入ってくるのを待ち構えていた。毎日ひっきりなしに鑑定に訪れる冒険者たちの相手をしているので、俺たちのことなど覚えていないと思いたいが――
「おやおや、これは昨日、金貨7枚の価値のある極めて貴重な古代の貨幣をダンジョンから命懸けで持ち帰った、期待の新人冒険者のご一行様ではないか」
と言い、さらに苛立ちを募らせていく。常に怒ってないと仕事ができないとでも思っているのだろうか?
「俺たちみたいな駆け出しの冒険者の、些末な戦果を覚えていてくれて光栄だね。今日は、昨日よりも素敵なものを持ってきたぜ」
ウリクルも応じるが、そんなにハードルを上げてどういうつもりだ⁉ モリネロは肩に掛けていた麻袋をゆっくりとカウンターに置くと、ひったくる様に鑑定士が持っていく。
「これはトロルの爪だな」
中身を出すと驚いたように言った。見た瞬間に分かるなんて流石だ。
「これはどこでどうやって手に入れたんだ?」
鑑定士は俺たちに鋭い視線を送りながら聞いてきた。鑑定するのにどこで手に入れたか話す必要があるのか疑問に感じながら、それでも俺は正直に答えた。ただ他の冒険者を助けることになったことは面倒なので言わないでいた。難癖をつけてくるようならウリクルが真っ先に怒り出すだろう。俺の話を聞いた鑑定士は、
「あそこのトロルは威勢だけは立派な新人冒険者が手こずって、大怪我したり、命を落とす魔物として知られていたんだ。迂回などせずに戦うとは、よっぽど腕に自信があるのか、よっぽど馬鹿なのかお前たちは?」
と、疑わしそうに俺たちをじろじろと見てくる。
「そんなに知られた魔物だったんなら、この爪も少しは高く買ってくれるんだろうな?」
ウリクルが前のめりになる。暫く黙って俺たちを見ていた鑑定士だったが、やおら、人差し指を立てて言った。
「金貨1枚」
爪ひとつあたり銀貨1枚か……。高いような安いようなさっぱり分からない。3人ともどう反応してよいか分からなかった。
「剣ばっかり使う頭の悪い戦士には使いようがないだろうが、これは主に薬屋に卸して、怪しげな魔法を使う輩が買っていくもんなんだよ」
早口で鑑定士はまくし立てた。説明するのも面倒といった感じだ。魔法に使う材料になると言った、モリネロの読み通りだった。元々タダよりはましくらいに思っていたので、俺たちはもったいつけて鑑定士の金額で了解し、鑑定士に凝視されながらモリネロがサインをした。今日は羽ペンを無事に帰してやったが、最後に金貨の代わりに銀貨10枚で支払ってくれと言って、やつの機嫌を損ねた。俺たちはそれ以上、本格的に怒り出す前に退散することにした。
ギルドを出ると雨はまだ止んでおらず、冷え冷えとした風が吹いていた。こんな日は温かな明かりと賑やかな声が漏れる酒場に、自然と足が向く。俺たちはまた「踊る赤竜亭」に行くことにした。
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