第12話 ダンジョンを出ると外は雨だった 

 俺たちは小休止を終えて引き揚げることにした。金になるものは一切手に入れられずに還るところだったが、モリネロが腰に提げた短剣を抜いてトロルの亡骸があるところに歩いていく。“爪”を持って行く、という。

「それは金になるのか?」

金のことばかり考えているようで浅ましいが、つい口をついてしまう。

「さぁ。でも魔物の一部が魔法の素材になることが多いので、ダメもとでギルドに持ち込んでみようかと思います」

「トロルの爪が魔法の材料になるってことか」

モリネロ自身は知らないそうだが、可能性はあるらしい。俺もウリクルも手ぶらで還るよりはましか、くらいの軽い気持ちで手伝うことにしたが、死骸の一部を採るという行為はなかなか気の滅入る作業だった。魔法使いの修行の一環で、生き物の構造を知るための解剖で慣れているというモリネロは、俺たちに手伝わなくてもいいと言ったが、ここまでくれば一蓮托生ってやつだ、俺もウリクルも最後まで手を貸した。


 ほどなく、トロルの手の爪が10枚揃った。それぞれ不揃いで、かなり不潔で、鋭く禍々しい爪だった。モリネロはそれらを空の麻袋に入れ、肩から下げた。ちょっとした戦利品に見えなくもない。俺たちは少しばかりの期待を抱きながら地上に向けて歩き始めた。探索を始めてからかなりの時間が経っているはずだった。恐らく外は日が暮れ、真っ暗になっているだろう。


 俺たちはそれきり黙々と地上に向けて歩いた。行きに魔物に出くわさなかったからといって、還りもそうだとは限らない。

「ちょっと待ってくれ」

先頭のウリクルが沈黙を破った。少し先に人影らしきものが見えた。血の匂いが流れてくる。人ひとり分くらいの幅しかない狭い粗雑な石造りの通路で、壁もじとじとと湿っぽく苔が生えている。松明を持つウリクルは素早く剣を抜き、できるだけ左側に寄って近づく。俺はその右後方でいつでも投げられるように短刀を構え、振り返って後ろも気を付けるようにモリネロに合図を送った。さらに近づいていくと、松明の光に浮かび上がったのは、壁に寄り掛かるようにして血を流して倒れている革鎧を着た戦士と、血だまりの中でうつ伏せに倒れているローブを着た男だった。トロルの広間にいた冒険者たちではない。俺は少しほっとした。あのパーティには生きて地上に還って欲しかった。


 ふたりはすでにこと切れており、革鎧を着た戦士の手には刃こぼれした剣が握られていた。鎧などには、攻撃によってできたと思われる多くのキズなどが見られたが、首から大量の血を流していることから、恐らくこれが致命傷になったのだろう。うつ伏せになっている男の亡骸もひっくり返すと、同じように首に深い切り傷があった。今にも首が落ちそうなほどの深いものだった。


「今日はやけに死体に縁があるな」

ふたつの死体を前にウリクルがうんざりしたように言った。

「魔物でしょうか?」

後ろを窺いながらモリネロが尋ねる。壁にできたいくつもの刀傷などから、この狭い通路で戦いがあったのだろう。通路の先に微かに足跡が続いているので、パーティの仲間が他にもいたのではないだろうか。そもそも、ふたりだけでこのダンジョンに挑むのは無謀だろう。うつ伏せに倒れた男は、装備などから考えると魔法使いのようだった。恐らく、4,5名の冒険者のパーティで、一番後ろにいたのがこの男だったのだろう。気配もなく近づいた何者かに首を斬られ即死したに違いない。血だまりがその場にできるくらいだから、自分の身に何が起こったか気付かないまま死んだのかもしれない。そして仲間の異変に、遅ればせながら応戦するパーティ。戦士の前面に刀傷が多いのを見ると、防戦一方だったのではないか。完全に不意を突かれ受けに回ったのか、よほど相手の力が圧倒的だったのか、もしくは怪我をした仲間などがいて、その者を逃がすために自らが盾になったのかもしれない。壁にいくつもある新しい傷は、狭いこの通路で戦士が振るった剣によるものだ。剣の長さを考えると戦士は上手く扱えなかったのだろう。そして奮戦むなしく、最後は彼も首を斬られ力尽きた。壁のひときわ長い刀傷は、力を振り絞った最後の一撃が、相手に傷を負わせることなくむなしく描いた剣の跡か――。


 俺はふたりが受けた傷や周りの状況から、この場で起こったと推察できることを話した。

「なんか、見てきたみたいにリアルに話すな」

「いや、でもかなり説得力ありますよね」

これまで俺たちが辿ってきた通路や広間を、モリネロが地図にしたものを確認してみたが、この先を迂回するルートはない。何があるにせよ、この先しばらくは一本道を進むしかなかった。


 ふたつの死体は、そのままにすることに決めた。身ぐるみはがしても文句を言われることもなかっただろうが、さすがにそこまでする気は俺たちにはなかった。また、死体を持ち帰って街の寺院に預けることも考えた。寺院で死者を復活させる蘇生の儀式があることは知ってはいたが、多額のお布施が必要なうえ、成功するとは限らないという。見ず知らずの者に、手間と金と危険を顧みず、それだけのことをする義理はなかった。


「まぁ、このふたりには気の毒かもしれないが、しょうがないな」

ウリクルは割り切ったように言い、俺たちも同意した。不死化アンデッドするか魔物に喰われるか、俺たちはしなかったが、他の冒険者に身ぐるみはがされるかは、神のみぞ知るだ。俺たちも全滅したら同じだ。この地下迷宮に挑む冒険者の残酷な結末のひとつだったが、死が溢れるここでは目にするのはこれが最後ではないだろう。俺たちはその場を離れることにした。ウリクルそっと祈りを捧げていた。念のためモリネロを挟むように、俺が一番後ろに下がり警戒しながら先を進んだ。


 しかし、それから地上に戻るまで、俺たちは攻撃を受けることも、他の冒険者に合うこともなかった。実際に何が有ったのか知りたかったが、本当のことは分からずじまいだった。


外は真っ暗で雨が降っていた。

静かな雨だった。

空気は冷たく、秋が深まってゆくのを感じた。

街の明かりが少しだけ気持ちを和らげてくれた。


「帰って休みたいところだけど、ギルドに行って鑑定してもらわないとな」

「あまり期待しないでくださいよ、ダメもとなのは言ってますからね」

「まぁ、そうだけど、とにかく俺は昨日の鑑定士に会わないことを祈るよ」

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