第11話 地下迷宮で反省会を開く

 俺たちはトロルを倒した広間でひと息を入れることにした。治療に時間もかかったので、今日はどちらにしろこれ以上の探索はしないつもりだった。広間に通じる通路は、俺たちがやって来たところと、円形の広間の対角線上の方向にひとつあるだけだったが、他の魔物などが現れる可能性も考え、なるべく松明の明かりが漏れないような、瓦礫で明かりが届かない端っこの場所に腰を下ろした。俺は持ってきている水筒から水を飲んだが、酒があればここで一杯やりたい気分だった。


「結果的とはいえ、俺たち、揃いも揃って人が好すぎるんじゃないか?」

3人共に感じていることを言った。

「いや、まぁ、さすがにそう思われても仕方ないよな」

ウリクルはあいまいに同意した。俺も他人ひとのことを言えた義理じゃないが。

「まぁ、そうですね。最後にイヤらしくなく、謝礼を貰えたら正直よかったですけどね」

さっきの別れ際、謝礼を渡そうとする大剣の男の申し出を、ウリクルは固辞していたのだ。

「お、俺は、なんだ、そういうの目当てで助けたと思われるのが嫌だったからな!」

「意外とお上品なんだな、ウリクルは」

「そんなこと言うならお前も話に加わったらよかっただろ! 話すの俺に任せていたくせによ」

 

 埒のあかない話になりつつあった。俺も助けたことに反対な訳じゃない。また同じような場面に遭遇したら、俺は戦いに加わるだろう。

「いや、そうだ、すまん。別に誰が悪いとか言いたかったんじゃない。むしろ逆か。損得勘定で動かないこのパーティを、俺はいいと思うぜ」

「だよな、そうだよな、間違ってないよな!」

「そうですね、そうなんですけど――」


「俺たち、ほんと、お人好しだよな……」

俺たちは顔を見合わせ、ため息交じりに苦笑した。


この先、俺たちの振る舞いによって災いを招くことがあるかもしれない……。

ふと不安がよぎった。


―――


「それにしても、あのトロルの攻撃を躱すんじゃなくて、まさか腕をぶった斬るとは思わなかったぜ」

ウリクルが思い出したようにトロルとの戦いの話を始め、話題を変えた。その後にいろいろあったので、もうだいぶ昔の出来事のように感じたがモリネロがそれに反応した。

「そうだ。その刀ですが、鞘から出して見せてもらっていいですか?」

「さっきのことなら気にしなくていい。たまに失敗することだってあるんだろ?」

あの時、俺の刀に魔法の効果付与エンチャント・ウェポンがかからなかったことが気になっているのだろう。

「ん? え、もしかしてお前、魔法なしであのデカいトロルの腕を斬ったの⁉」

素っ頓狂な声をウリクルがあげた。

「そうなんですよ。何故かウリクルの剣のように呪文がかからなくて」

モリネロは腑に落ちないよう様子だった。

「嘘だろ、で、あれなの、普通に斬ってあれ?」

ウリクルは広間の中央に突き刺さったままのトロルの右腕を指さした。

「大したことじゃない。トロルが腕を馬鹿みたいな速さでぶん回していたから、それに向かうように刃を立てたから、力はそんなに必要じゃなかった」

「いやいや、お前、マジか⁉ そもそもあのトロルの、力任せのぶん回す腕を狙いすまして斬るなんて普通じゃないからな!」

「おい、なんでお前がそこで熱くなるんだよ」

「ちょっとすいません、それよりも、刀を見せてくださいませんか」

モリネロが良いタイミングで割って入ってくれた。


 俺は刀を鞘から抜き、モリネロに向けて渡してやると、両手でしっかりと持ち、刃の部分をじっくりと観察し始めた。何を調べようというのだろう? 見ていると目を瞑り、何かを読み取るように柄の方から先端に向かって刃に手をかざしていく。俺とウリクルは大人しく成り行きを見守った。少しすると、モリネロは何か分かったように、何度も頷いた。


「分かりました。この刀にはすでに何らかの効果付与エンチャント・ウェポンがかけられています。だから私の魔法がかからなかったのだと思います」

断定的に言ったモリネロは、自分の失敗でなかったことが分かって安心したようだ。ちょっと待て、今度は俺が考える番になってしまった。


「これが魔法の刀だなんて全然知らなかった。この刀は、主から暇を貰う時に餞別代りに下されたもの。もちろん良い刀であるには違いないが、魔法の刀だとは……。」

「もし魔法の刀で大事なもんなら何か言いそうなもんだけどな? 何かワケアリか、それともお前の主も知らなかったとか?」

いや、主が何も知らないとは考えられない。

「なあ、これにはいったいどんな魔法がかけれられているんだ?」

「いや、そこまでは分かりません。何かの特殊効果があるんだと思いますが……。ただ分かるのは、それは非常に強力な魔法です。なので私がかけようとした魔法を上書きすることはできなかったんです」

「どうすればその魔法が働くか、分からないか?」

俺も重ねて聞いたが、モリネロも詳しいことは分からないという。何か手掛かりになることがあればいいが、これは少し自分でも調べてみよう。


「なぁ、さっきの俺の剣にかけた魔法の効果はどのくらい続くんだ?」

ウリクルは自分の剣を引き出してじっくり眺めていた。

「残念ですが、効果はよくて半刻くらいのはずなので、今は元通りのはずですよ」

「なんだ、そんなもんか。でも、一度の戦闘であれば十分効果的だな。さっきもびっくりするくらいバッサリいけたもんな」

「特別な触媒を使う魔法なので、ここぞという時にやりましょう」


「でも、モリネロは魔法使いなのに、本職の治療術師ヒーラーみたいなこともできるのはなんでだ?」

俺は純粋な疑問をぶつけてみた。

「あれは、全然。種を明かすと、あれは魔法というよりも、村のまじない師が使うようなおまじないなんです」

俺もウリクルも信じられなかったが、まじない師がよく使う“ものの力を補完する”力を使っただけで、治療術師ヒーラーや、僧侶クレリックの奇蹟とは違うのだという。

「私が生まれた村では、山からの吹き下ろしの強風に家が飛ばされないようにしたり、熱冷ましの薬を作ったり、狩猟に使う弓矢がよく当たるようにしたりと、村のまじない師がよくまじないをかけてくれていたんです。村の人たちは、いろんなまじないをかける怪しげなすがたを、畏れ敬っていました」

モリネロは懐かしそうに話しを続けた。


「いろんなまじないができて凄いなって、単純に私も思っていました。でも、ある時、そのまじない師が私に教えてくれたんです。実はひとつのまじないだけしか出来ないって……」

それが、“ものの力を補完する”まじないなんだそうだ。そう考えると、家が飛ばされないように家の骨組みを強くしたり、熱冷ましの効果のある薬草の効果を強くしたり、弓矢の精度を高めたり……、どれもモノが持っている特性をのまじないだ。


「私はそれを知ってひどくガッカリしました。ひとつだけなんだって。でも、自分が魔法使いになる修行をするうちに、改めてこのまじないのことを見直しました。いま思えば、そのまじない師の魔力はさほど強くなかったんです。でもそれ相応の魔力を使うことで、ちゃんと効果を上げることができるんです。それこそ、村の生活を支えるまじない師であれば、これさえあれば十分なくらいに」


そしてモリネロは魔力を強め、より精度を上げて“ものの力を補完する”まじないを使うことで、さっきのように治療術師ヒーラーや、僧侶クレリック顔負けの治療など、魔法使いとは本来領域の違う力に似た、魔法を使えるという訳だった。



「ですが、私がこの力で、ふたりを治療するようなことは、極力ないようにお願いしますよ」

「そりゃあもちろん、お前の世話にならないことを心の底から願っているよ」

ウリクルは携行食を頬張りながら神妙に答えた。

俺もあんな目に遭うのは御免だった。

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